妄執教師
主導権
「大事な弟?」
少し掠れた声で仁科は言った。血まみれの口元には侮蔑の色が見て取れる。
「笑わせるなよ啓一。彼をここまで追い詰めたのは他でもない、君だ」
「出任せを…っ」
「君の大事な弟は、心の底から君を憎んでいる」
仁科には確信があった。時折孝司から感じる執拗な視線の正体。それは決まって仁科が啓一の名を口にした時に発せられる。紛れもない嫉妬だった。
仁科のその言葉に、案の定啓一は動きを止め、信じられないものを見たかのように目を見開いた。
「……嘘だ」
「いったい君は彼の何を見ていたんだ?」
仁科はきつく締まった啓一のネクタイを掴み、それを引き寄せ、己の上に倒した。
突然の衝撃に慌てて身を引く啓一だったが、それよりも早く仁科の手が彼の後ろ髪を掴む。啓一は仁科に覆いかぶさったまま身動きが取れない。
傍から見れば仁科を組み敷いているのは啓一だったが、その手に主導権はないも同然だった。
「いいか啓一」
仁科は啓一の唇に自らのそれを重ね合わせ、軽いリップ音を立てる。それはあまりにも一瞬のことで、啓一には何が起きたのか分からないようだ。それから仁科は幼子に言い聞かせるように、呆然とする啓一にゆっくり語り掛けた。
「ずっと前から、私は君をこういう対象で見ている」
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