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「岸上、宿屋イベまで進んだ? 早く通信しようぜー」

前の席の西山とノラクエの話題で盛り上がるのは、ここ数日の光景だった。それまで自分の進み具合を興奮まじりに語ってきた浪は、歯切れ悪く「それがちょっと…」と答えた。


すれちがい機能があると知ったのは、物語も中盤に入ってから。
主人公が他のプレーヤーの世界に行き来する。もちろん浪の世界にもすれ違った先の人が来て、そのキャラクターのグラフィックで、プロフィールと作り手が設定した一言コメントと、1つだけアイテムを持参してくれる。指南役のキャラクターからその説明を受けて、浪はタクトを作ってしまったことを後悔した。



同じクラスで、いつも話題の中心にいる、花木 卓斗(はなきたくと)。


屈託ない明るい性格と鼻筋の通った綺麗な顔立ちを持つ卓斗は、休み時間になれば友人たちが彼を囲んで盛り上がるクラスのムードメーカーだ。しかもそのちょっと派手な外面に反して、優しくて面倒見が良いと専らの評判だった。

その評判を裏づけする出来事は、去年の体育祭で起った。
体育祭の花形、全校の男子が強制参加するクラス対抗の騎馬戦で、小柄な浪は当然のように騎手になってしまった。元々スポーツがそんなに得意ではない上に、細身の浪は力負けして、あっという間に転げ落ちてしまったのだが、その時誰よりも早く駆け寄って、手をかしてくれたのが当時敵クラスにいた卓斗だった。
「卓斗やさしー」なんて女子の歓声が上がり、花木卓斗という人物を、浪はその時初めて認識した。

そして今年、同じクラスになったわけだけど……、卓斗の人気を間のあたりにした浪は、すっかり話しかける気などなくしてしまった。
窓際でひっそりと友人とゲームの話をする浪と、人気者の卓斗では違いすぎたから――


他意はなかった。
ただ理想の勇者像を作ったら、卓斗に似てしまったので、そのままタクトとつけただけだ。
それでも、普段全然仲良くない浪の主人公はやはり、誰がどうみてもタクトなのだ。
こんなの、卓斗に知られたら、どうなるか分かったものではない。

ノラクエが発売してからわずか数日。けれど、登場したアイテムとモンスターをコンプリートしながら地道に進めていくスタイルで、浪のプレイ時間はゆうに30時間を越えている。
これまで一緒に戦ってきたタクトに愛着もある。とてもじゃないけど、作り直すことは出来そうになかった。

それまで話題のゲームが発売すると、こっそり学校ですれ違い通信をして、隠れゲーム仲間を見つける(西山もその口だ)のを楽しみにしてきた浪は、今度こそ大きくため息をついた。


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あきゅろす。
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