ぼくはねこである、名前はまだない2


やっとすべてを舐め終えて、ベットの上からみなみだを観察していると、茶色の箱を持ち出して何かを作っていた。
ご主人様がそんなことをしているところを見たことがないぼくは、興味深くその様子を目で追う。座布団を押し曲げて、茶色の箱の中へ入れると、キッチンへそれを置いた。

みなみだの作業はそれで終わりのようだった。
なんだ。みなみだのベッドかぁ。

興味をなくしたぼくを一瞥して、またなにか作業を始めたみなみだの口元がすこし緩んでいる。いくらぼくがかわいいからって思い出し笑いをされるのは、ちょっと気持ち悪いんだけど…。そんなことを思っていたらみなみだが、


「お前の寝床は、ここにあるから、そこからどいてくれないか?」


なんて面白くない冗談を言い出すから、ぼくはゴロリと横になった。
この二日間神経を張り巡らしていたぼくはすっかりお疲れさまだ。今日はこのまま寝てしまおう…。うとうとしかけたぼくにみなみだの腕が伸ばされる。

もうだっこしたいなら明日させてあげるから。
空気読んでよね。

ついシーツに爪をたててしまったけど、力強く腕の中に収められてしまう。

ちょ、ちょっと。しつこい男は嫌われ――

ポスン。と足に柔らかい感触がした。と思ったら、引き戸がピシャと閉められて、ぼくは寝室を締め出されたらしかった。

なにそれ。

足元には、この家に来て初めて触った肌触りの良いタオル。気持ちいい。
すこしぽやっとしたぼくは慌てて自分の状況を思い出した。

タオルの下に引いてあるのは、本当に寝床なのか疑ってしまうようなすっぺらい座布団。
こんなところで寝たら、身体中が痛くなってしまう。
ベッドに戻ろうと、みなみだが閉めた引き戸の前に立って、キャットフラップを探してみた。でもおどろくことに、みなみだの部屋のドアにはついてなかった。
信じられない。
この家ってどうなってるの。
ぼくは引き戸をカリカリと引っかいて抗議したけど、みなみだが中に入れてくれることはなかった。



手が痛くなってしまったぼくは、(決してぼくがやわなわけではない、温室育ちってやつ)ぼくの寝床と言われる例の物体に顔を向けた。
側面は茶色の箱で覆われている。
これは昔ポチタマという番組で見た、ダンボールという素材ではなかったか。
映像で猫がこぞって夢中になっていたアレだ。
ぼくの家では一度も見たことがなかったけど・・・

興味を覚え近寄り、前足で押してみると、手ごろな弾力。でもどうしてだろう。このダンボールという素材は、なんだかとっても魅力的だ。
誘惑に負けてガシガシ噛んでみると、今までにない歯ごたえを感じて夢中になってしまった。側面すべてがぼろぼろになるまで、ぼくのダンボールハッスルは続いた。
テレビでダンボールハッスルの映像をみて、庶民はあんなものしか遊びがなくてかかわいそうに思っていたぼくは、自分の過ちに気づいたのだった。


ふう。
一息ついて、疲れていたことを思い出したぼくは、また、カリカリと前足で引き戸を引っかく作業に戻った。
二度目の挑戦にしてコツを覚えてしまったぼくは、数分後、数センチ開いた隙間に身体を滑り込ませることができた。みなみだはうす暗い部屋の中、すっかり寝入っているみたいだ。

ぴょんとベッドに飛び乗ると、規則正しい呼吸が聞こえる。
みなみだの首付近に顔を押し付けると、ふんわりみなみだの臭いがした。でもそれはご主人様みたいに、加齢臭やタバコの臭いがまったくしなくて、ぼくはうっとりしてしまう。
汗の入り混じる若い男の匂いだ。
ぼくは甲高い声で「かわいいー」って騒いだり、長くてごちゃごちゃが沢山ついた恐ろしい爪で撫でようとしてきたり、頬ずりする度香水臭かったりするので、女の人がすこし怖かった。(ご主人様の近くの女性だけなのかもしれないけど)

だから、男の人の匂いをかぐと安心してしまう。
みなみだのにおい、好きかも。
すんすんと鼻を近づけると、ぼくのひげを耳元に感じたみなみだがくすぐったそうに寝返りを打った。

うわ。
一緒にコテンと転がったぼくは、みなみだの肩から首にかけて必死でしがみつく。
ちょっと。ぼくがつぶれたらどうするつもり!

抗議にみなみだの肩口を甘噛みする。
と、するりと伸びてきたみなみだの左手が、やわらかくぼくをつつんだ。そのぬくもりの気持ちよさに目を閉じてしまう。

部屋を飛び出したぼくは、この美貌のせいで色んな連中に、攫われそうになったけど、
ぼくを探しにきたときの、あの必死そうな顔。
あの顔をみてぼくは、みなみだだったらいいやって思えたんだ。


ぼくってば、かわいいだけじゃなくて人を見る目もあるなんて!

そう自分に満足しながら、みなみだの腕の中で安心に包まれたまま、その腕に更に顔をすりよせた。ゴロゴロゴロゴロ……



ッ!

ちょ、ちょっと。
今鳴ったのってぼくの喉?!
まさか、ね。


今度こそぼくは目を閉じた。



おわり
1〜4ねこサイド。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!