ぼくはねこである、名前はまだない1


「いっしょにくるか?」

みなみだがそういって差し伸べてくれた手は、やさしそうな匂いがした。




ぼくの昔のご主人様はとっても変態だった。
そりゃぼくが、他に例をみないぐらいかわいいのは分かっていたけど、やれかぶりものだなんだと着飾らせては、終日パーティに連れ回されていた。
革張りの外車の中は、ツンと独特の皮のいやーな匂いがして、気持ち悪かった。しかも毛皮をまとった香水くさい女の人を両脇に抱えて、タバコまで吸うので、ご主人様の車に乗る度に不満を訴えて、ガシガシとシートを噛みつけていたけど、なにをしても「かわいい僕」に夢中なご主人様にはまったく伝わらない。
それに、ぼくの都合も省みないで首元にはでっかいダイヤを用いたぼく専用の首輪つけさせられていた。これが重いのなんのって。
嫌気がさして、逃げ出した。

ご主人様はぼくを溺愛していたけど、それはぼくが特別にかわいくて、見せびらかしたかっただけで、ぼく自身を好きだったわけではない。
べつにぼくがいなくなっても、またかわいい子をペットショップで買ってくるから大丈夫。
タワーマンションのロビーのソファに身を隠していたぼくは、住人が自動扉から入ってくる瞬間に一目散に駆け出した。外へ出て最上階を見上げながら、二度とこんなところには戻らないぞと決意を新たにしながら。






そして現在。
みなみだがついたぞってぼくをおろしてくれた部屋を見て、ぼくは愕然とした。

なに。
このせまい部屋は。

ここがぼくの住処になるの?
キョロキョロと辺りを見回すと、テーブルの上にまぐろが見えた。

まぐろだ!

逃げ出してから丸二日。ぼくの美貌に見とれて手を出してくる者たちの貢物は、怖くて食べられなくて、(それになんか嫌なにおいがした。) 何も食べてなかったぼくは、テーブルの上に飛び乗った。近くで見ると、良く見る赤い切り身。やっぱりまぐろだ。いつも食べてるまぐろに比べたら、随分うすっぺらくてなんだか硬いような気もしたけど、腹ペコのぼくは、きれいに平らげた。

うん。ごちそうさま。
舌で口の周りをベロリと舐めて顔を洗う。
ぼくってば綺麗好きなのだ。

「まぐろうまかったか?」

いつのまにか、真後ろに立っていたみなみだに、うん、と返した。
それでも、まだぼくを見つめているので、しょうがないから、みなみだの腕にジャンプする。ぼくを抱っこしたいなんてよくあること。
しかもみなみだの角ばった大きな腕は、ご主人様のぶにぶにした腕と違い、気持ちいいし、安心する。
少しうっとりとしていたぼくは、肉きゅうの不快な感触に気づいてハッとした。


みなみだが僕のピンクの肉きゅうに、なにやら濡れたタオルを押し当てていた。

いやだったら。
ぼくは誰かになにか強制されるのも、濡れるのも嫌いなの!

抗議して思いっきり噛み付いてやったけど、みなみだの手は止まることはなかった。
ぼくのかわいらしい肉きゅうが、ベトベトして気持ち悪い。やっと拭くのを辞めたみなみだの腕からさっさと逃げると、ぼくは高いところに非難しようと部屋を見渡す。驚くことにみなみだの部屋は、玄関から見えていた部屋(キッチンというのかな)とこのテーブルのある部屋がすべてだった。

ご主人様のトイレサイズ……。

呆然としていたぼくは我に返って、フカフカとしたベッドに飛び乗った。せまい部屋にはせまいベッドなんだ。ひとつうなずくと、ぼくは、濡れた手足をせっせと舐めた。


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