七夕SS 前編

あれからちょくちょく俺の家に居座るようになった野上がやってきたのは、夜7時過ぎだった。

ガサガサとうるさい外を不思議に思い、ねこを片手にかかえて玄関を開けると、ものの見事な笹を持った野上が満面の笑みで立っていた。

「よ!」

腕の中のねこが不思議そうに笹を見つめている。
先日河東が持ってきてくれた猫草はお気に入りのようで、ちょいちょい手を出しては咀嚼しているので、その類だと思ったのだろう。あがっと口を大きく広げ笹を飲み込もうとするので慌てて、口を押さえ野上から距離をとる。いてててて。それは俺の指だっつーの。


「ってことで、短冊も持ってきたから飾ろうぜ!」

「お前、いくつだよ!」


部屋に上がりこんだ野上に、目ざとくキッチンの隅に素麺が出ているのを発見され、少し恥ずかしくなりながらも、二人と一匹で色とりどりの短冊に向かう。


「ちょっと数多くないかこれ」

「いいんだよ、沢山あった方がそれらしいだろ?
 あとで、河東も来るし」

「え。河東来んの?」


カワトウという響きに、あぐらの上に丸まっているねこまでピクっと反応して顔を上げた。
出張中にねこの世話を頼んだことから親しくなった彼は、実家が猫を飼っていたこともあり、俺なんかよりよほど猫に詳しい。その後も時々ささみや鰹節を持ってうちに来てくれることもあって、ねこのお気に入りなのだ。
彼の所属するチームの企画が通り、連日夜遅くまで残業しているようで、7月に入ってからは社外で会うことはなかった。社内でその激務を垣間見ているせいかなかなかメールも出来ずにいた俺は、朗報を聞き自然と口元が綻ぶ。


「ねこも飼い主も素直なことで」

ビール片手にニヤニヤしながら野上が言う。「…飲んでないでお前も書けよ」若干顔が赤くなっていることを自覚しつつビールを煽ると、ボールペン片手に書きなぐった。








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コンコンッ


応答はないが、玄関先の窓から光が漏れている。無用心にも開いているドアノブを回して河東が中に入ると、トットットットとかわいらしい足音が響き、ねこがおかえりを言いにきてくれた。「にゃあー」

「ただいま、ご主人はどうした?」

撫でてもらい満足気なねこがあごをしゃくった先は、明かりは漏れているが、声はなにも聞こえてこない。
音を立てないように引き戸をそっと引くと、すっかり出来上がって座布団を枕にして寝ている野上、待ってくれていたのだろうか、ちゃぶ台に伏して寝ている南田が目に入る。

窓際に立てかけられている青々とした笹の葉には、色とりどりの短冊がぶら下がっている。


" 早く野上に彼女ができますように "
" 南田が俺にやさしくなりますように "
" 今年のボーナスは2割増し "
" 夏休みがきちんと取れますように "
" 海外旅行 "
" 万馬券 "

下の方になるにつれて短冊は段々と字がおぼつかない。

" ねこが俺のスーツに爪とぎしなくなりますように "
" 俺にもゴロニャンてしてくれますように "
" 朝4時過ぎに起こすのはやめてくれ "
" できればねこが… "
" ねこの… "

「お前のことばかりだな。」
「にゃあ」

河東の足元で嬉しそうに顔を擦り付けるねこにそう声をかけ、愛しい南田の寝顔へと顔を戻すと、顔に寄り添う手の下に1枚の青い短冊が見えた。




" 河東と――― "






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あきゅろす。
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