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「おはようございます」

隣の松川さんから南田さん(念のため言っとくけど、俺の名前だ)が時間ぎりぎりなんて珍しいと言われながら、席につくと、パソコン画面に、ピンク色のポストイットが貼られている。

"
定時上がり後 下の裏門前で
野上
"

同期の野上からだ。あいつこんなことする暇があったらメールすればいいのに、うちの部署の河東に惚れてるっていう噂本当なのかもしれない。しかもハート型かよ!と心の中で突っ込みを入れながら剥がしていると、噂の河東と目があった。
ふたつ隣の島の斜め右側に座っている河東とは、パソコン越しに良く目が合う。多分二人とも右側にディスプレイを置いているせいだろう。艶々でサラサラの黒い髪の毛に、黒目がちな瞳。なるほど、野上が惚れるのも分かるような気がする…。これで華奢な女の子だったなら、いくらなんでも180cm超えの男じゃなかったら、の話だ。

俺の左手を指差してどうした?と言いたそうな顔をするので、左手を見ると、そういや昨日ねこと攻防戦があったことを思い出す。「ねこ」と声に出さずに口にすると、
ひとつうなずいて、パソコンに目線を戻した。
…果たして、あんなんで分かったんだろうか。

その様子を見ていた松川さんは「南田さんと河東さんて接点ないのに、仲良いわよね」と不思議がっていた。パソコン越しに会話するぐらいで、別に仲が良いわけじゃないんだが。







「あ、野上!」

お昼過ぎ、社員食堂近くの渡り廊下を歩く、ふにゃんとした茶色の後頭部を確認して、慌てて声を掛けた。

「お。南田。俺のメモ見てくれた?」

振り返った野上は相変わらず、ふにゃりとした雰囲気をまとっている。入社した時から明るめの茶色の髪の毛は、社会人としては若干マナー違反なんだが、野上の部署はシステム開発部で、外の人間に会わないせいか割となんでもありのようだ。チャコールグレーの細身のスーツに、ギャルソンのナロータイが映えている。甘い顔立ちと洒落たファッションは、道行く女子の目を引いていた。
その髪型は寝癖なのか無造作ヘアーなのか、聞いたことは、ない。


「今日の飲み悪いけど駄目になった」

「なんだよ? お前まさか、女か?」

「違えよ」

あまりにも野上が女、女としつこいもんだから、野良ねこを拾ったので、色々買うものがあることを漏らすと、にんまりと笑って「車が必要じゃないのか」などと言うので、結局、店飲みが自宅飲みに変更されただけだった。

確かに、車は重宝するだろう。しかしまぁ、実家が世田谷のお坊ちゃまには敵うまい。


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あきゅろす。
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