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ほしがりな野獣
30:潔い目醒めを恐れた /詠月さん
音を聞く前に、こめかみに現れるきりりとねじこむような痛みで雨を知る。
夕焼けを隠した雲は、予想通り堪えきれずに泣き出したらしい。

雨の時はいつもこうだ。
頭痛に力が抜けて、たったひとつの方法を除いて気を紛らわすこともできない。

膝を抱えて痛みに苛まれながら部屋の隅にうずくまった。……かりかりと、犬がドアを開けるのをせがむような音が聞こえるまで。
ノックではないその音に、私は相手を問うこともなく無言で鍵を開ける。彼も無言で入って来て、私をあっさり抱き上げてしまう。

何度も繰り返されてきたこと。
雨夜のルール。



ボタンを外す手は性急なのに、鎖骨に落とされる唇は酷く優しい。反則だと泣きたくなるくらいに優しく指先を甘噛みした後に、強く肩にかぶりつく。
いつものことだから、もう跡は完全に消えずに薄く残るようになった。

鎖骨、肩、顎。

舌が這い、時に強く吸い上げる。
そして最後に頸動脈に牙を押し当てて、彼は一旦動きを止めてちろりと視線をよこす。

儀式化された手順。
先に進むための了承を求める合図。

頸動脈に牙を当てるなんて物騒なことをする癖に、長い前髪の間こから覗く左目がいつもすがるような光を見せるから。
小さく笑ってそのピンと立った狼の耳を優しく噛んで、敏感な尾の付け根をなであげる。
一瞬毛並みが膨れたと思えば息を止めるように唇を奪われて、後はもう止まらない。

熱と快楽に呑まれるだけ。



雨の夜、獣人ウイルスに感染したと言うだけの理由で母親に捨てられたらしい政宗は、雨が嫌いだ。大きくなった今でも、雨夜だけは独りでいられない。
最初は添い寝だけだったのが、いつの間にか一線を越えていた。

雨から逃れようとする政宗と、頭痛から逃げたい私。

彼を利用していると思う。
でも。



(この優しい熱に酔っている間だけは、痛みも現実も忘れられるから――)





意識を飛ばした名前の頭をなでる。

何も言わずに“俺”を受け入れてくれた、ひと。

熱を出した俺にずっと付き添ってくれた初対面の時から変わらないその優しさに付け込んで、なし崩しで今の関係まで堕ちてきた。
名前が自分をどう思っているのかと言うのをはっきり知りたくもあったが、母親に捨てられた夜の冷たさにどうしても足がすくむ。
拒否されたことはないから、嫌われてはいないと思いたい。
だが、思いを尋ねて拒絶されたら、どうすればいい?


彼女の温もりなしでは、もう生きられないのに。



(まだ君の熱にまどろんでいたいから)







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