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その四





「名前ちゃん名前ちゃん」

「何ですか大将」

「じーっ……」

「あの、だから何ですかって」

「…………」

「……っ!なんですか、クザンさんっ!」




三つ目のお願い、『青雉のことは名前で呼ぶ』を約束してからの二人はいつもこんな感じだった。
長年の癖から肩書で彼を呼んでしまう名前と、彼女が名前を呼んでくれるまで話を先に進めない青雉。

やっと名前を呼んだかと思ったら、その瞬間に顔を赤く染める名前に、青雉はいい加減慣れればいいのに、と思う。
もっとも、青雉のほうも名前のそのかわいらしい反応が見たくてわざとそういった行動に出ているということもあるのだが。





「? クザンさん? どうかしました?」

「あ〜ごめんごめん。ちょっとボーッとしてた」

「珍しいですね。考えごとですか」

「そうそう。名前ちゃんのこと考えてた」

「なっ…!?」

「あららら。お顔真っ赤。いい加減慣れちゃえばいいのに」

「慣れるもんですか! というかそうやってからかうの止めてください!」

「からかってないのに」

「は? 何を言って…」

「おれは本気なのに」

「っ!?」



赤い顔で言葉を詰まらせる名前に、青雉はちょっとやりすぎたか、と頭をかく。
先程の言葉に偽りはなく、いつも軽やかな冗談のように名前を口説いてはいるが、その奥にある思いは紛れもない本物で。

自分の言葉一つ一つに可愛らしい反応をする名前を今すぐどうにかしてやりたくなったが、これ以上からかうと口をきいて貰えなくなりそうなので、青雉はここで話を変えることにした。



「ところでさ、名前ちゃん」

「……何でしょう」



渋々、と言った感じで返事をする名前に、青雉は笑みを深くする。




「旅行するならどこへ行きたい?」

「へ? 旅行?」

「やっぱ温泉だよねー」

「え? 聞いてきたわりにはその一択ですか? っていうか今の台詞ってバーソロミュー・くまさんの専売特許じゃ…」

「細けぇことはいいのよ。で、名前ちゃんはどう?」
「どうって言われても」

「温泉、行きたくない?」

「そりゃ、行きたいか行きたくないかで言われたら、行きたいですけど…」

「よし、じゃあ行こう」

「は?」

「温泉、行こうじゃないの。今から」

「は……って今からぁ!?」

「じゃあ10分後に正門前に待ち合わせね」

「あ、あの」

「遅れてきたらおれ一人でいなくなっちゃうから」

「っ!?」

「じゃ、10分後ね」




一方的にそう言って、青雉は執務室を後にした。

青雉の部下、という立場の名前にとって、それがどれだけめんどくさいことであるか。
いつもふらりと仕事から脱走する青雉に、センゴク元帥やら赤犬らに怒られるのは彼を一人にした名前のほうなのだ。
必然的に、名前は青雉をなるべく一人にさせたくない、という思いがあるのを彼は知っていたので、それをうまく利用することにしたのだ。

(まあ、実は今回はちゃんと有休許可取ってるんだけどねー)



***





「うわー、すごい」



青チャリの後ろに乗っていた間は小声で文句を言っていた名前だったが、旅館の建物を見た瞬間、不満も一気に払拭されたようだ。

鬱蒼と繁る竹林の中にひっそりと佇む言わば隠れ家的なその旅館は、ひっそりと静かで落ち着いた雰囲気を醸していた。

一目でわかる、名前のような一般海兵では、普段お目にかかることはないだろうレベルの施設であることを。


部屋に通されるまで目を輝かせて周りを見る名前に、青雉は苦笑しながらも連れてきてよかった、と思った。




「クザンさん、クザンさん」

「なに、名前ちゃん」

「すごいですね! 私こんなところ初めて来ました!」




無邪気に笑う彼女の笑顔に、どきりとする。




「まあ、とりあえずかけなさいや」

「はい。あ、私お茶いれますねー」




名前がテーブル横に備えつけてあったお茶組セットでお茶をいれている間も、青雉はじっと彼女のことを見ていた。

微笑みを絶やさない横顔は、随分と機嫌がよさそうだ。
あのことを言ったら、彼女はどんな反応をするだろう。





「……まあ、そういうわけだから、これが四つ目のお願いね」

「これ?」

「『一緒に旅行に行くこと』」

「なっ…だったら最初からそう言ってくれれば」

「言ったところで名前ちゃん、仕事がどうのこうのって話するでしょ」

「うっ…だってそれはクザンさんが」

「まあ、今回のこれはちゃんとセンゴクさんには許可取ってるから安心しなさいや」

「なら、いいですけど……」




まだ何か言いたそうな名前に青雉は首を傾げる。
旅行は嫌だったのか。
いや、だとしたら先程あんなに嬉しそうにはしなかっただろう。





「名前ちゃん?」

「……せっかく有給取ってゆっくり旅行するなら、私じゃなくて他の方を連れてくればよかったじゃないですか」




どこか申し訳なさそうに自分を見上げる名前。
その表情は複雑なものだった。
きっと、嬉しいけれど自分に気を使っているのだろう。

しかし青雉としては、そんな心配は杞憂であると気づいてほしい。
旅行だって、普段からだって、いつだって青雉が一緒にいたいのは名前なのだから。



気付いてほしい。
気付いてほしい。


この胸のうちに咲く思いに。



けれど彼女は、不安げに自分を見つめるばかりで。
ここいらで、自分からはっきりと言葉にするべきなのかもしれない。

青雉は名前に向き合う。





「……名前ちゃん」

「はい」

「おれと一緒じゃ、嫌?」

「へっ…!?あ、いや、全然嫌だなんて…むしろ私は……」

「名前ちゃん…」




顔を真っ赤にした名前から出た言葉は、予想以上のもので。

そのことに、心から安堵している自分がいる。
気持ちは届いてはいないかもしれないけど。
今は、まだこの関係でもいい、そう安らかな思いになった。




「クザンさん」

「おれは、名前と一緒に来たかった。だから、ありがとうな」

「っ…………はいっ!」





笑顔になった彼女に、つられるように青雉も微笑んだ。
自分の一番の願いは、この笑顔がずっと続いていくことなのだ、と。






お願い、よっつめ。
『旅行に行こう』





(あ、温泉は貸し切りだから)

(え!本当ですか!)

(うん。だから二人でゆっくりつかれるよ)

(やったー…って、え…?二人……?)

(もちろん、二人で一緒に、ね)

(……………………え?)




*END

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