その三
名前は今悩んでいた。
青雉の誕生日に、物ではなく七つのお願いを聞く、と約束したのはいい。
現在そのうちの二つが果たされ、残りのお願いはあと五つになったのだが、名前が腑に落ちないのは先に聞いた二つのお願いだった。
『七つのお願いを聞くこと』
『名前の誕生日は一緒に祝うこと』
一つめはまだいいとしよう。
一応、名前が言うことを聞く上での前提みたいなものなのだ。
けれど二つ目は、どちらかと言うと名前からの願いのようなものだ。
自分があんな話をしなければ、青雉は他のお願いをしていたかもしれない…彼をお祝いするどころか、逆にお祝いされる方向になってしまうとは。
青雉の言葉はとても嬉しかった。
孤児であると告げたことがきっかけだったけれど、彼が哀れみや同情でなく、心からそう言ってくれたのが名前にもわかった。
けれど、今回は青雉の誕生日。
普段から仕事をさぼったりする青雉にきつい態度をとっている名前だったが、自分だってちゃんと彼を祝いたい、という気持ちがあるのだ。
だから、今度こそは。
3つめのお願いこそは、ちゃんと誕生日らしいお願いを聞くようにしよう、と名前はひそかに意気込んだ。
珍しくさぼらずに机に向かっている青雉に、名前は話しかける。
「た、大将っ!!」
「んー? 何、名前ちゃん」
「あの、そろそろ三回目のお願いをって何してるんですかあああああああ!?!?」
名前の叫びとともに、青雉の手元にあった本が勢い良く取り上げられた。
と次の瞬間、名前の悲鳴ともつかない叫び声が響く。
「な、なななななななに読んでるんですかっっ!」
「何って、エロ本」
「なっ!?エッエロッ……!?!?」
「これ、おれのお気に入りのページ」
眼を白黒させ言葉をつまらせる名前に、青雉は彼女に本を持たせたままあるページを開く。
そこには何とも悩殺的なポーズをした彼曰くスーパーボインな女性の写真があった。
「っっっそんなこと聞いてるんじゃありませんっ!!」
「あららー顔真っ赤」
「大将っ!あんた一体仕事の時間を何だと思って…」
「ねーねー、それより名前ちゃん、おれに三つ目のお願い聞きに来たんでしょ?」
「それは、そうですけど、」
いきなり話を変えられ詰まる名前に、青雉はにっこりと微笑んだ。
その笑みに、名前は思わず一歩後ずさる。
「な、なんですか」
「ねー名前ちゃん。三つ目のお願い」
「は、はい」
「ぬい「絶対に却下です!!!」……まだ最後まで言ってないじゃないの」
「言わなくても何となく予想つきます!」
「ええー…抜いて、か脱いで、のどっちだかわからないじゃない」
「なっ…!?ぬ……そ、そんなこと昼間っから口に出さないでください!」
「夜ならいいの?」
「っっっ〜〜!」
「冗談冗談。そんな可愛い顔しないの」
「っ!!もう大将なんか知りませんっ!」
すっかり青雉のペースに乗せられた名前は、真っ赤にした顔を青雉から逸らした。
こちらが真面目な話をしようとすると、青雉はのらりくらりとそれをかわす。
うまく掴めない彼に翻弄されるのはいつものことなのだか、少しはこっちの思いも汲み取ってほしいと思うのは、自分のわがままなのだろうか。
「そうだ、それだよそれ」
「は?」
「大将、とか、青雉さん、とかさ。名前ちゃんちょっと他人行儀すぎなのよ」
「へ……?何がですか?てかそもそも他人行儀も何も赤の他人なんですが」
「(……)まあ、そう冷たいこと言わないで」
名前の何気ない言葉に軽く本気で傷ついた青雉だったが、そのことは表情に出さないで名前を手招きして自分の正面に立たせる。
青雉は椅子に座っているので、身長差のある二人ではちょうど目線が同じくらいになる。
「三つ目のお願い。これからはおれのことは名前で呼んでちょうだい」
「えっ…!?名前って、クザン、さん?」
「そうそう」
名前が赤くなりながらも青雉の名を呼ぶと、青雉は嬉しそうに頬を緩めた。
「な、何か恥ずかしいです……」
「あら。おれは嬉しいよ。出来ればさんもいらないんだけど」
「うう…それは無理ですよぉ…」
困ったように眉を下げる名前に、自分と彼女の立場上それは仕方がないか、と青雉は納得する。
「あ、あのっ……!」
「…………」
「新しい書類なんですけど」
「…………」
「っっっ〜〜〜!!く、クザンさんっ!」
「なぁに、名前ちゃん……って、あららら。顔真っ赤。オジサン興奮してきちゃった。抱いてもいい?」
「っ!!変なこと言ってないでちゃんと仕事してくださいっ!」
その後青雉の執務室では、何とか名前を呼ばずに青雉に話しかけようとする名前と、名前を呼ばれるまで絶対に返事をしない青雉の姿があった。
お願い、みっつめ。
『名前で、呼んで』
(ねぇ、もっと呼んでよ)
(っ…!ク、クザンさん)
(もっと)
(クザンさん、っ……!)
(あららら。お顔まっかっか)
*END
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