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その一


夏の暑さも大分下火になってきたこの頃。
海軍本部ではここ最近、どこかそわそわとした空気が流れていた。

海軍最高戦力の一人、大将青雉の誕生日が近づいているからである。
皆表立ってそのことを口にすることは無いが、大人数の上部に位置する立場である彼の誕生日を気にしないものはいなかった。
加えて、海軍本部に属しながらも、その独特の正義を貫く姿勢には感銘を受けるものも多く、彼を慕うものは彼の直属の部下だけに留まらない。
その日が近づいてきている最近では、さりげなく大将青雉の欲しいものやして欲しいことを聞き出そうとする海兵たちの姿が見れた。





「名前ちゃん名前ちゃん」


実は大将秘書(という名の雑用)を勤める名前もその一人だった。
もちろんこの立場であるなら、彼の誕生日を祝わないわけにはいかない。
しかし誕生日間近の今日になってもまだその答えを導き出せていない名前は、こうして机に向かい仕事をしながらも、頭の中では彼に何をプレゼントしようか、そのことばかり考えていた。



「名前ちゃん? おーい」

「うーん……」

「……名前ちゃん?」

「案外難しいんだよなぁ、こういうのって」

「……名前ちゃん」

「好みとかにもよるし、第一私そういうの選ぶセンスないし……」

「……名前」

「それに今月お金あんまりないしなぁ……でもやっぱりそれなりのものじゃないと」

「アイスタイム」



自分の世界に没頭する名前に、とうとう痺れを切らした青雉から氷の制裁が下された。




「ぎゃあああ! 何するんですか!」

「何ってアイスタイム」

「ご自分の決め技をそんな軽々しく行使しないでください!」

「いいじゃん。気軽に出来て上々の結果が出せる技なんて」

「そんなコンビニかファミレスみたいな……っていうか寒いですー。善良な部下凍らせてどうする気ですか」

「(善良…?)凍らせてはいないよ」

「って、え、あ……ほんとだ、凍ってない…………私は」

「……まあ、しょうがねぇよな」

「しょうがないじゃないですよ! これ今日提出の重要書類ですよ!」

「まあまあいいじゃないの。溶かせば元に戻るんだし」

「これ溶かしたら氷が溶けた水で紙しわくちゃになっちゃいますよ」

「あらら。何て脆弱な紙」

「紙って本来そういうものだと思います」




カチンコチンに固まった書類の束を見て、名前は溜息をついた。
毎度のことながら、センゴク元帥がお怒りの姿が易々と想像できる。




「はぁ、またセンゴク元帥に怒られる……サカズキさんたちにも何て言われるか……」

「あららら。おれの腕の中にいながら他の男の名前呼ぶなんていい度胸ね」

「他の男って、あなたの上司と同僚でしょうが。っていうか、いつまで引っ付いてるつもりですか。いい加減離れてください」

「んーもう少し」

「離れてください暑苦しい」

「じゃあ、本当にアイスタイムしてあげよっか」

「遠慮します」



そう言うと名前は椅子越しに自分抱きしめていた青雉の体をぐい、と片手で押す。
すると名前を包み込んでいた巨体はあっさりと彼女から離れた。




「というか、元々は何回名前呼んでも無視してた名前が悪いんでしょうが」

「え、それ本当ですか」

「うん。十回くらい(大げさ)呼んでるのに、名前ったらボーっとして全然聞いてないんだもん」

「あー…すみません。ちょっと考え事してて」

「なに、悩み事? だったらおれが聞くよ」

「(いや、本人に相談なんて…) い、いえ。大丈夫ですよ」




誕生日には何が欲しいですか、なんて本人に聞けるわけもなく。
名前は曖昧に返事をすると、くるりと青雉に背を向けた。





「さてと、さっさと書類終わらせないと……ってこれ、たった今氷漬けにされたんだった」

「ねえ、名前ちゃん」

「何ですか? 大将もちゃんとお仕事してくださいよー」

「もしかしなくても、おれの誕生日のことで悩んでる?」

「へっ!? な、そそそそんなわけでは……!」

「(やっぱりー…)わかりやす」

「なっ! ふ、普通自分でそういうこと言いますかっ!」

「んー……だって名前ちゃん、さっきからさりげなくおれとカレンダー見比べたりしてたもん」

「マジですか」

「それに『大将どうしたら喜んでくれるかなー』って声が聞こえたり」

「うっ!」

「まあ、正直全部わかってたんだけどね」




なんということだろうか。
名前は自分の失態に頭を抱えた。




「そんなことで悩むくらいなら、おれに直接聞けばいいじゃん」

「そんなことって……財布との相談とか、他の人と被らないかとか色々あってですね……大体本人になんて聞けるわけないじゃないですか」

「でも、そうしたらおれがどうすれば一番喜ぶかわかるよ」

「それは、そうですけど……」

「教えてあげようか?」

「へ……? いいんですか?」

「だって、そうすりゃ名前は悩むことないし、おれだって一番欲しいもんが貰えるし、名前はおれを喜ばせることができるし、万々歳じゃん」

「そうですけど……いや、そうですね。そうしましょう」



もうこうなったら彼の言うとおりにしたほうが早いだろう、と名前は開き直る。
第一、元々彼に喜んでもらいたくて色々と考えていたのだ。
彼が一番喜ぶ方法を彼から聞けるのなら、それにこしたことはない。
(少しずるな気もするけれど)




「じゃあ、青雉さんは誕生日に何が欲しいんですか?」

「んー。特に無い」

「って即答かよ! それじゃ意味ないじゃないですか!」

「大体おれ大将だし、欲しいもんって大抵自分の給料でどうにかなっちゃうんだよね」

「うわー…まあ、わかってはいましたけど……じゃあ、私はどうすればいいんですか」

「何も物じゃなくってもいいでしょうが。おれが喜ぶんなら」

「物意外のこと、ですか?」

「そう。例えば……おれのお願い何でも聞く、とか」

「サヨナラ」

「ちょ、待って、最後まで聞いてって」



青雉は慌てて、椅子から立ち上がり部屋から出て行こうとする名前の腕をつかみ、再び椅子に座らせる。
そうして冷たい目で自分を見る名前を自分の正面に向かせた。



「人の話は最後まで聞きなさい。それとそんな目で見ない」

「だって、またしょうもないことを」

「しょうもないって……。だから、名前はおれに喜んでほしいんでしょ?」

「そ、それは、そうですけど……」

「だったら、おれのお願い聞いてよ…………七つ」

「七つ!? なんですか七つって!?」

「ほら、なんかあるでしょ。なんとか玉集めたらランプから出てきた龍が七つの願い叶えてくれるって」

「なんか色々混ざってます!」

「それに七って何か縁起良くていいじゃん」

「そんないかにも後付けな理由で……」

「とにかく、おれは名前にそうしてほしい、ってのが一番欲しいもんなんだけど」

「う……」



彼の言う通りにすれば、それが彼の一番の願いだし、自分も彼に喜んでもらえる。
わかってはいるのだが、彼の望みの得体の知れなさに名前は後一歩というところで踏みとどまっていた。
言葉につまり視線をさまよわせていた名前だったが、正面にいた青雉と目があい、そのいつになく真剣な表情に、名前は心を決めた。




「……わかりました。その代わり、難しいのとか、変なお願いはなしですからね」

「ん? 難しいのはわかったけど、変なのって?」

「それはほら、例えば」

「例えば?」

「その…えっちなの、とか」



自分で言っておきながら、名前は顔を赤らめ視線を青雉から外す。





「名前ちゃん」

「は、はい?」

「押し倒してもいい?」

「はぁぁぁぁぁっ!? そんなふざけたお願いが一つ目だったらお断りです!」

「いや、冗談冗談(別にふざけたわけじゃないんだけど…)」



お願い、ひとつめ。
『お願いの、お願い』





(それで、本当の一個目は何なんですか)

(んー……じゃあ、『七つのお願いを聞いて』が一個目のお願いね)

(え。何かややこしい……)




*END




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あきゅろす。
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