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Gate of ...
雨 〜追跡者〜
──雨が、振り出していた


「はっ、はっ……は、…は……!!」

 狭く暗い路地裏を、脇目を振らずに疾走する。
薄汚れたポリバケツを邪魔だとばかりに蹴っ飛ばし、なおも『彼ら』は速度を緩めようとしなかった。

「ひっ、やめ──」

 後ろの方で、人が倒れる音する。この数分で5回は聞いた。

「し、シマちゃん!?」

「馬鹿、振り返んな!!」

 警告を無視して振り返ってしまったケンスケの姿が消える。
 いや、すぐ隣を走っていた自分にはわかる。振り返った瞬間、僅かにスピードが落ちた一瞬で、ケンスケは追跡者にやられたのだ。 振り向きはしない。すればケンスケの二の舞になる。

「はあっ!!……くそっ」

 自分より少し先を走っていたリュウの声が聞こえた。
声より一瞬遅れてリュウに追い付くと、罵声の利用は簡単に理解できた。
 行き止まりである。まるで、長細い路地裏の終点に、正方形の箱をぶちこんだような袋小路。

 カツン、と今しがた走り抜けてきた通路から音がする。
パシャ、と今度は水の跳ねる音。

「くっそぉ!!」

 考えるまでもない。これは追跡者の足音だ。
一定の速度で“歩きながら”全力疾走の自分たちを追い詰めた化け物。
 それが、今や唯一の退路になった通路からやってくる。
10人近くいた仲間は残す所、自分とリュウの2人だけになってしまった。
絶望的な状況に、リュウのように叫ぶ気持ちも失せて、立ち尽くす。

「あんま逃げんな、めんどくせぇ」

 薄暗い通路から、袋小路に現れたのは若い男だった。
短く切り揃えられた黒い髪に、真っ黒なスーツ。その上から、この季節には見掛けない黒のロングコートを羽織って、ゆっくりこちらに向かって歩いてくる。
 一見すれば、季節感のない若いサラリーマンと位置付けることも出来る。
 だが、左手に握る得物がそれを阻んだ。

──日本刀

 今、漆黒の鞘に収まっているそれは、一度抜けば人を切り刻む。
そう、“ここに到達するまでの7人のように”!

「てめぇ……俺達になんの恨みがあるんだ!?」

 威勢よくリュウが吠えた。もっとも、足が震えているので叫ばなければ、まともでいられなかったのかもしれないが。

「恨み、ねぇ……別にねえけど、それがどうした?」

 極限状態にある自分たちとは対称的に、男はつまらなさそうに言った。
 それは当然、興奮状態であるリュウのカンに障る。

「ざっけんな、こらぁ!!」

「まっ──」

 待て。という制止の声は、リュウには届かなかった。
 男の間合いに入った瞬間、リュウは斬られた。
 ためらいも、情けも感じない一閃。
 思わず数歩、下がった。

 自分も含めて9人。それだけのメンツが入れば、たかが1人くらい、簡単にボコれるハズだった。
 自分たちのテリトリーに入った間抜けな会社員をリンチにして、少々の小遣い稼ぎをするだけのつもりだったのだ。

「い、やだ」

 それがどうだ。簡単に地に沈むと思った男は、予想に反して喧嘩慣れしていて、挙げ句、ためらいなく人を斬れるイカれた野郎。
 それも、逃げた少年たちを執拗に追い回して切り刻む異常者だ。

 殺される、本気でそう思った。

 今にして思えば、リュウの判断は正しい。この男を倒さなければ、死ぬしかないのだから。
 それが、“絶対に”成功しないとわかっていても。

「くるな、くるなくるな!!」

 行き止まりにぶつかって、半ば正気を失ったように、少年は叫んだ。

「うるせえ、しゃべんな」

 言って、男は一歩距離を詰める。
行き止まりから、男の立つ通路の入り口までは15、6メートル。
 その距離を詰められたら最後、少年は死ぬしかない。

「く、くるんじゃねぇよ!!」

 もはや少年には男が『死神』にしか見えなかった。
必死に、両腕を振り回すが、男の歩みは止まらない。

「黙れって言ったろ?それよりも、“出せ”」

 雨で濡れた髪をかき上げて、男は不可解な言葉を口にする。

 出せ、とはなんのことだろうか?
金か、と思いかけて首を振る。ここまでの惨劇を引き起こして、金目的なんてバカげている。

「現界前の8匹は潰した。…後は、完全現界してるテメェだけだ」

 再び男は、意味のわからない言葉をつむぐ。
そんな訳のわからない物で、俺達は追われていたのか、と理不尽な思いが込み上げる。
 だって、そんな物は知らない。知らない物は出せない。出せないなら、死ぬしかない。

 結局、死ぬしかないのか。そう少年が絶望しかけた時、変化は起こった。

「が……あ……!!」

 喉元からせりあがる熱いものに、少年は体を仰け反らせる。
焦点の定まらなくなった瞳は、ただ苦痛に見開かれている。
大きく開いた口からは、しかし絶叫は漏れず、代わりに“粘土のような”塊がゆっくりと溢れ出していた。

「ふん、ようやくか」

 一体どこにこれ程の両が蓄えられていたのか。その“粘土”は、少なく見積もっても少年の体積の3倍はあった。
 その、常識ではあり得ない光景を前にしても、男はまるで焦った様子を見せない。

「……ぐ、ゲホッ」

 粘土の全てを吐き出して、少年の意識は急速に遠くなる。
彼が最後に見たのは、空中の粘土が何かに変化していく所だった。

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