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Gate of ...
現れた本命
 走る。足はとっくに限界を超えている。

それでも走る。

後ろから足音が聞こえる。
聞こえないふりをして、走り続ける。

“死にたくない”

 たとえこの後で、一生歩けなくなったとしてもかまわない。
今、全力で走ることさえできるならば。

 闇から闇へ流れる景色も、限界を訴える身体も、自身の熱でさえ、今はどうだっていい。

“死にたくない死にたくない死にたくない!”

頭にあるのはそれだけだ。

 だっていうのに、後ろから聞こえたハズの足音は、いつの間にか正面から聞こえる。

 命がけの追いかけっこが始まってから、もう何度目になるかわからない鉢合わせ。

 死神の姿を確認するより早く、僕はきた道を全力で引き返す。

「……飽きたな」

 自分の呼吸がヤケにうるさく響く耳に、届いたのはそんな言葉。

 意味を理解するより速く、置き去りにした死神が僕の正面へ回り込む。

それは走るというよりも、滑るような移動。とてつもなく速いのに、まるでスローモーションを見ているかのように、はっきりと見てとれた。

 一瞬で僕を抜き去った死神は、振り返りざまわずかに身を屈める。

両足に力を込めて、停止を命じる。それでも、ついてしまった勢いは殺しきれない。

そうして、死神と交錯した瞬間。


僕の身体は宙を舞った。


「あ」

 間抜けな悲鳴の後、重力に従ってアスファルトに叩きつけられる。

「……ガッ!」

 直後に全身に激痛がはしった。だがそれは、落下の痛みではない。

“蹴られ……たのか?”

 霞む視界の中、右足をゆっくりとおろす死神の姿を見た。

「が……はっ」

 呼吸がうまく出来ない。逃げないといけないのに、立ち上がれない。死神がこっちにきてる。速く立たないと死ぬ。死ぬのは嫌だ。だから立て。なのにどうして立てない?

どうしてどうしてどうして!!

「あんまり走り回られると、結界の外に行きかねないからな」

「け……かぃ?」

 身体は酸素を求めているのに、息を吸う度、胸に激痛がはしる。

意味もわからず反芻した言葉は声にならなかった。

「魔力は感じる……が、やっぱり残り香程度。自分で使える訳でもねぇのか」

 死神は既に目の前だ。なのに身体は死んだように動かない。
否、こうなった時点で僕の死は確実だった。

「こんだけ追い詰めて出てこねぇなら、やっぱ契約はしてねぇか。……面倒だな」

 死神の言うことの半分も僕は理解出来ない。そもそも恐怖に麻痺した脳で、何を思考できるのか。

 ただわかることは、死ぬこと。

「ま、どっちだろうが関係ねぇな」

 死ぬのならせめて、自分を殺した相手の顔くらいは焼き付けてやろうと顔を上げた。

 動かない身体で、思考出来ない脳で、死神の姿をとらえる。

妖しく映る刃は、美しくさえあって、一太刀で楽になれますように、と祈った。

「じゃあな、ガキ」

 いつかのセリフと同じ声を聞いて──やっぱり死ぬんだ、と思った。
ゆっくり振り下ろされた刃は、僕を死へと誘うだろう。
けれど。


 “けど、やっぱり死にたくない──!!”


 心の底からそう思った。


「何っ!?」

 その声とともに死神が飛び下がる。
直後に、死神が立っていた空間を、赤い光が走った。

「出たか」

 死神を捉えることなく通過した光は、彼の後方でけたたましい音を立てて爆発した。

 そんなことなぞ気にしていない風の死神は、光が飛んできた方向を睨んでいる。
つられて僕も、そっちを向いた。

 そこに立っていたのは──。


「暁に手を出さないで」


 爆風に髪をなびかせて、掌をこちらにかざす少女が、そこにいた。

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