Gate of ... 桜花舞い散る夜道 ──どうして、こうなった? 星さえ見えない夜の路地を疾走しながら自問する。 いつもの通り起きて、いつもの通り学校へ行った。 そうして、いつもの通り、帰宅して1日を終える。 いつも通りの、つまらない日常のハズだった。 ──それが、何で!? やや速度を落として角を曲がり、再び全力で走り出そうとして立ち止まった。 「行き止まりかよ……」 早く別のルートを探さなきゃまずい、そう思って振り返ったその先に…… 「意外と遠くまで逃げたな」 死神がいた。 「だが……これで終わりだ」 闇夜に融けるような黒髪と黒のスーツをまとった死神は、ゆっくりとその得物を抜き放つ。 雲間から射し込んだ月明かりに照らされて、輝きを放つ刃は間違いなく日本刀。 ──なんのことはない日常 ──そのすぐ隣には、決して踏み入れてはならない非日常 漫画の中でしか見たことのない刃を目の当たりにして、自分は『非日常』に踏み込んだのだと理解した。 「……っ」 退路はない。 否、逃げようという気が既に失せている。 ここまで全速力で走って、息も絶え絶えな自分に対して、追跡者はまるで疲れた様子を見せてはいないのだ。 例え逃げ道があったとしても、結果は変わりそうになかった。 「じゃあな、ガキ」 一瞬。 声が聞こえたと思った時には、死神の刃はすぐそこにあった。 常人では反応など出来るハズもない。 そして反応出来ないのなら『かわす』ことなど不可能だ。 辛うじて視線が追い付いたのは、刃が右肩に食い込んでから。 鈍い輝きを放つ刃は、服を裂き、皮を破り、肉を削いで、骨に到達する。 そこで停止するかと思われた刃は、しかしその勢いのまま、骨をも砕いた。 痛みは無かった。 あったのは異物が体内を通過していく感覚のみ。 そのことに吐き気を覚えこそすれ、『斬られた』という実感はわかなかった。 本当に『斬られた』のだと理解できたのは、手足に力が入らなくなってから。 だらしなく──死神からすれば、だらしなく倒れ込む。 斬られた場所よりも、倒れた時に打ちつけた顔の方が痛いなんて、どうかしている。 立ち上がろうにも、既に力の入らない四肢ではそれは叶わない。 「悪く思うなよ」 徐々に遠くなる意識の端に、死神の声。 冷たいアスファルトに横たわる僕に、舞い落ちる早咲きの桜花。 既に霞がかった視界にそれを捉えた時、『あぁ、もう春なんだ』と場違いなことを思った。 その淡く色づいた花弁が、僕が意識を手放す前の、最後の記憶になった。 [次へ#] |