短編
まほうのくすり
短編
*ヤクザとアンニュイ少年*
*ヤクザ攻
*溺愛
*制裁
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夜は眠い。
人間としては極々自然な欲求である筈だ。
なのに此処にいる人達には適用されないらしい。
赤青黄
色とりどりのストロボが暗闇を照らし、色とりどりの頭がそこに舞う。
爆ぜるような音楽が鳴り響いて、誰の声なのか、時折それに負けないくらいの奇声が上がった。
それに追随する歓声。
恐ろしい程に高いヒールが闊歩する。
一画では裸の上半身を晒した男性達が狂ったように踊り続けている。
その誰の顔にも眠気は見られない。
まず目の前にいる男からして、そうだ。
「夜はセックスするもんだ。」
平然と笑ってそう宣わう。
本気で頭オカシイと思う。‥‥けどそんなことは言わない。
だって周囲を固める黒スーツのオニイサン達が怖いから。
そんなこと言おうものなら速攻で絞め殺されそうな気がする。彼等はそんな殺伐とした雰囲気を常に纏ってる。
だからか。
こんなに賑わっている店内なのに、僕達がいるこの一画には先刻から誰一人として近寄ってこなかった。
‥‥‥ウェイターさんさえ来ないってのは、どうかと思うよ?
「どうした?」
と、男が僕を向いて問うてきた。
僕が微かに首を傾げたのに気付いたらしい。
此処に来てからずっと書類と金色の腕時計ばかりに視線を落としていた筈なのに‥‥‥よく見ているものだ。
「別に。」
「ああ。喉が渇いたか。」
言って男が手を挙げる。
と、直ぐ様ウェイターさんが飛んできた。
何がいいか−−なんて聞きもしない。
それでも男が僕の欲しいものを外したことは無い。
「ブラッドオレンジ。」
僕のことならなんでも解る−−そういつだったか男が言った言葉は、あながち誇張とは言いきれない。
だってほら今も、
黒服の一人が身を屈めて男に何やら耳打ちした。
男の視線が書類から上がる。
「来たか。おい、移動するが‥」
男の目が細く笑んだ。
「眠いか。じゃあいい。寝て待ってろ。」
ぽん、と僕の頭を軽く叩いて男は立ち上がった。
黒服達もそれに続いていく。
「‥‥‥‥」
喋ってないなぁ。
そうぼんやりと思った。
眠い。
思考全体がぼんやりとしているし、それは視界もだ。
酸味の強いブラッドオレンジでも効果はなかったらしい。
と、
その視界に一人の人影が現れた。
その影は遠い人垣からひょこりと抜けて、どんどんこちらに近付いて来る。
細くて背の高い、スレンダーな影だ。
襟足の長い茶色の髪。
脇から腰骨辺りまで素肌が見えている。
でも胸が真っ平だから男だろう。
「ちょっとお前、」
それは声にも裏付けられた。
美人さんだ。
美人さんが−−凄い怒気を孕んだ顔で睨み付けてきてる。と思った瞬間、
パンッ
高い破裂音が自分の頬からした。
「‥‥‥」
「お前さえ、いなけりゃ‥!」
振り下ろされた手。
その向こう側に黒い靴が見えた。
「なにしてる。」
革靴だ。
ピカピカの。
こんな暗い照明の中でも艶めいて見える、そんな。
「か‥‥しまさん‥」
美人さんの顔は青ざめて見えた。
「なにしてる?」
今度は僕の顔だけを見て、同じ問いを繰り返してきた。
「‥‥‥なにも。」
「−−−そうか。」
カツ カツ カツ
男が革靴を鳴らして来て、僕の腕を掴んで立ち上がらせた。
「んっ」
口を口で塞がれる。
熱く濡れた舌に歯列を撫ぞられた。唇を開けと何度もノックされる。
「っふ、」
隙間から漏れる濡れた音が恥ずかしい。顎を引こうとするとまるで仕置きと言わんばかりにキツク舌を吸い上げられた。
チュク
音がして唇が離れる。
「‥酸っぱいな。」
彼が微かに眉間に皺を寄せて言った。
「オレンジジュースでしょ。」
「随分金気臭いジュースだな。」
「んうぅっ!!」
突然傍らで響いたくぐもった叫び声に驚いて振り返った。
と、先刻の美人が、冷たい床に四つん這いに押さえ込まれ、後ろから黒服に突き立てられている。
前には腕を押さえ付ける黒服がいて口を犯していた。
そのせいで彼はくぐもった声しか上げられないのだ。
「‥‥‥‥にも、されてないって、言った。」
「ん?」
クスクス、と男が笑う声が耳朶に直接響いた。
彼の後腔を犯す黒服がポケットから何かを取り出して接合部に塗り付けた。
と同時に彼の身体がビクビクと跳ねる。
涙を滲ませていた瞳から、ボロリと雫が落ちた。
だけど−−−その瞳の色が先刻までと違っている。
なんか、まるで焦点が合ってないみたいな、そんな−−‥
「あれ、なに。」
「んん?」
「今、彼に使ったの。」
ああ。男は呟いて、まるで公園の草花でも見るような穏やかな瞳で前を見遣った。
「なに、別に大したもんじゃないさ。まあ『空飛ぶ薬』ってとこか。」
言って、背中に腕を回された。
気付けば別の黒服が、いつの間に居たのか、彼の後ろに付き従っている。
もう此処での用事は済んだらしい。
そのまま歩き出す。
「‥‥‥」
後ろではくぐもった声が響いたままだ。
「‥‥その『薬』って、最初に僕を捕まえた時に使ったみたいな?」
呟いた途端、周囲を囲む黒服達の空気が凍った気がした。
フ、
その中で静かな笑い声が落ちる。
「まさか。」
笑いながら男は僕の顔を覗き込むようにした。
「あれはただの『惚れ薬』だ。」
−−−−なるほど。
だから、僕は男から逃げられないのか。
正直夜にこうして連れ歩かれるのが嫌でも、
常に彼の周りに居る黒服が怖くてしょうがなくても、
こんな酷いことを笑いながらしてしまう最低な男でも、
逃げる俺を力にものを言わせて捕まえて無理矢理に犯した男でも
それでも逃げられないのは−−−−傍に居たいと思ってしまうのはその『薬』のせいだったのかと、僕は物凄く納得して−−−−
凄く満足して、眠ってしまった。
眠りに落ちる直前に、鋭い瞳が愛しさに溢れた優しい色に変わっていたのには、気付いていた。
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