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短編
白い地図
短編

*『白い檻』の霧斗視点。前哨戦(?)*

*従兄弟
*策略
*ややダーク


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「私は引退しようと思う。」

 叔父がそう切り出したのは、まだ夏の残り香の強い初秋のことだった。

「何を言っているんですか。叔父さん。」

「そうです。藪から棒に。」

「いや。引退してあの子の面倒を看たいと思っているんだ。母親ももう亡くなっている訳だし、私が看るしかないだろう。」

言って叔父は目を閉じた。

遅くに出来た一人息子を溺愛していた彼にとって、唐突に発した原因不明病での息子の失明は、酷く堪えたらしい。
いつも見慣れた財閥の長然とした人を威圧する鷹のような瞳も、今はすっかりと消え失せていた。

「ひいては君達を後継者として取り立てたい。」

「何をおっしゃっているんです。」

「いや。前から考えていないわけでは無かった。私は中々子に恵まれなかったからね。もし子供が出来ないままだったら君達に、と元々考えていたんだ。」

一瞬落ちた静寂に、今が好機とばかりに蝉達が喚き出した。


「あれは、もう駄目だ。」


ぽそり、と囁かれた声はそれでも蝉に負けぬくらいには室内に響いた。

「本当はあれに跡を継がせて、君達には左右を固めて欲しいとそう思っていたのだけどね。」

叔父のその思惑には気付いていた。
だから俺達は幼い従兄弟と、歳の離れている割にはよく遊んだのだろう。
そこにはそんな思惑と、それ以外の思惑とが溢れていた。

「次の理事会で君達を後継者として取り上げたい。」

それは、例えば俺達の両親にとっては思惑通りなことなんだろう。
だが、

「ありがとうございます。叔父さん。」

「しかしお気持ちは有り難いのですが、僕らにはまだ荷が勝ち過ぎます。」


俺達には俺達の、思惑があった。


「なに」

「いえ。大変有り難いことは解っています。ただ僕らも叔父さんの期待を裏切りたくない。」

「ですから、これから後継者候補として叔父さんに付いて、徐々に勉強させて頂くという訳にはいきませんか?」

叔父の顔に迷いが浮かぶのが解った。
元々財閥の長子として生まれ、育ち、長年仕事一筋に生きてきた人間だ。
役職への未練というものはそう簡単には断ち切れるものではないのだろう。

「だがそうなるとあの子が‥邑の面倒は誰が‥」

「「僕らが見ますよ。」」


見事にハモった。




そこが俺達の、第一歩だった。




 あれから4年が過ぎて、叔父も65歳になり気力が弱ってきたのもあるのだろう。再び口にしだした。

「もう世間で言うところの定年も過ぎたことだし、そろそろ本当に引退しようかと思う。」

「そうですか。」

その間俺達は出来る限りのことをやった。
大学を終え、一人は院に進み一人は社会に出て出来る限りの「限り」を大きく広げてきた。
もちろん邑の世話をすることを一番に。

だから今回は否と言うことは無い。

「では前からお話ししていた通りに進めて宜しいですね。」

「ああ。頼む。」

叔父からの仕事の引き継ぎも、もうほぼ終えていた。

「会長の持つ株式やその他個人資産は邑の名義に、それ以外の財閥に関わる権利や役職、資産は私霧斗に。そして桐吾を邑の後見人とし、邑の財産や権利の管理を代行することとします。」

「うむ。」

「では印鑑を。」

桐吾が促し、いくつもの書類に印鑑を押させていく。
その姿はたかだか弁護士2年目というのに非常に様になっていて、少し笑える。
とてもあの頃獣のように鋭い瞳をして喚き散らしていた子供と同一人物とは思えない。
と、そんな内心が読まれたのか。
ちらりと視線を上げた桐吾が、バツが悪そうに目を細めて睨んできた。
あはは。
全く、こんな時厄介だな。双子ってヤツは。


だが、

あの時ほど双子ってやつを心強く思ったことは無かった。



「あれは、もう駄目だ。」




あの時俺は、ああ、叔父は盲と聾の区別がつかないらしい、とそう思った。
と同時に右隣りからビリビリとした冷たい怒気が発せられるのにも気がついた。

−−落ち着け。
−−わかっている。

二人だけに解るシグナルはこんな時にも有効だった。
心にあったのはお互いにただ一つ。

−−−−邑は絶対誰にも渡さない。

後は口が勝手に動いた。まるで自らの口から出るような互いの言葉に、非常に小気味良かった覚えがある。


その間も、叔父の傍らに置かれたアンティークチェアに座る邑は一言も話さず、ただ宙空を見詰め続けていた。






「何を考えてるのか当ててやろうか?」


前方を歩く桐吾がにやけた顔をしながら振り返った。
一度自室に戻り着替えた時に、どうやら顔面まで着替えてしまったらしい。
そこに先刻まで叔父と対峙していた、張り詰めた表情は無い。
全く‥自分と同じ顔で止めてほしいと切に思う。

「いや。お前も同じ面してっから。」

おや。
またもや筒抜けだったらしい。


でもそれも仕方ないことなのかも知れない。
長年思い描いてきた『夢』が、今日たった今叶うのだから。

「長かった、な。」

「ああ。」

ガチャリと扉を開ける。

「おや。」

白い世界に住む姫は、どうやら今は眠り姫になっているらしい。
まあ‥

「好都合か。」

早速と横たわるシャツの釦に手が伸びていた。

やはり思うところは、同じ。


「でもさっきはちょっとビビったぞ。まさかお前があんなん漏らすと思わなかったから。」

「ああ。」

全て釦を外し終えたところで言われた言葉に、先刻の出来事を思い出す。




全ての書類を纏め上げ、それを桐吾が封筒にしまった。
封が閉じられる。

「これで邑は俺達のもの。」

「ん?何かね。」

「いいえ。何も。」

そのまま微笑んで、辞去の挨拶をした。




「ごめん。つい、ね。」


長かった。
あんまり長かったから。

ここ数年は特に大変だった。
邑の世話をしながら、叔父の仕事の引き継ぎ。もしもの為にと財界にパイプを繋ぐのに必死になって、桐吾は政界と法政界に繋がるためにと司法資格を取った。
失明してからずっと頑なになっていた邑の心を開くのに心を砕いて、身体は粉にして。

でも今思い返せば全然苦なんかじゃなかった。


するりと邑の腕からシャツを抜く。
それでも起きる気配は無い。
真っ白な肌。
薄い胸が露になる。
その上に唯一色付いた尖り。

邑のそこは、たぶん同年代の男子から比べたら赤みが強くそして大振りな筈だ。
それはこうして−−邑自身にも知られず−−俺達が弄り続けてきたせいだ。

俺が左を、桐吾が右を摘み上げる。

「ゆう‥‥ゆうちゃん。」

邑の唇から微かな声が漏れはじめた。
瞼がぴくぴくと動く−−−−覚醒が近付いているのだろう。


長かった。

本当に長かった。
此処まで。

もう耐えられないと、邑が欲しいと桐吾が叫んだのは邑が中学に入った年だった。
その時からずっと今日を夢見て生きてきた。
邑を手に入れる為ならなんでもしようと。
そして何でも出来た。
計画は恐ろしいまでに順調に進んだ。
俺達に懐いていた邑が、失明後頑なになってしまった時だけはもしや薬のことがばれたのかと焦りもしたが、それも杞憂に終わった。

長かった。

長かった。

本当に。




「う‥うぅん‥」


邑の唇から声が漏れた。

クチュクチュと濡れた音にそちらを見れば、桐吾が邑の後腔に舌を差し入れていた。
クスクス
笑いが漏れる。気が早いことだ。


長かった。
長かったよ。邑。

さあ、早く目を覚まして。


そしたら君の真っ白い地図を再び塗り潰してあげるから。


邑。



「‥ん」



何をも映さない澄んだ瞳が薄らと開いた。



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あきゅろす。
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