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new owner

助けて、と叫んだ声を受け止めて

伸ばした手を、掴んでくれた


紅い瞳の優しい貴方












此処に連れて来られて、約一ヶ月になる。もうすぐジェイドが帰ってくる時間帯だ
玄関へと続く廊下に出て、座り込む。こうやって彼の帰りを待つのが、俺の日課になっていた
彼が帰ってくるのを考えただけでも、無意識に尻尾が揺れる





初めてココに来た時は、前に居た屋敷から逃げ出してすぐだった
土砂降りの雨の中必死に逃げて。もう身体も心もボロボロになっていて
もうどうでもいいやと半ば自暴自棄になっていた時に、彼が目の前に現れて

綺麗だ、と思った。今まで見て来たどの人間よりも

彼にならどう扱われても良い、とさえも考えた程に
すぐに気を失ってしまった自分を家に運んでくれて、手当てをしてくれて
何をする訳でも無くただ、傍に居てくれた
俺を此処に置いてくれるって言われた時は、正直戸惑ったけど嬉しかった
ジェイドは、なんだか信用出来るような気がしたから…
最初は警戒して、中々近寄ってはいかなかったけど
優しくされても裏があるんだと、牙を向き出しにして威嚇をした事もある
彼は何も言わずに、毎日同じ様に俺に接してくれた
日数が経つにつれて俺から歩み寄った。彼はいつも傍に俺を置いてくれるようになった
ジェイドの傍に居ないと不安になる、というのを解ってくれていたのかもしれない
初対面だとは思えないほどに、俺はジェイドに懐いていた
自分でも正直驚いている。何故かと聞かれても解らないのだけれど



それから、奇妙な二人暮しが始まった
ジェイドにはちゃんとした家があるらしいが、殆どこっちの家で過ごしているのだと教えてくれた
あまり人付き合いが得意ではないのだと、言ってたっけ。ちっともそんな風には見えないんだけど
普通に生活する分には今まで培った知識で事足りたけれど、たまにやはり常識とは違う知識もあったようで
きちんとそれは間違いだ、と教えられた
ジェイドはたまに俺を叱る
けれどソレはちゃんとした理由があるからで、今まで俺を不当な理由で怒ってきた輩とは違うのだと解る
怒ってる時のジェイドは無表情で怖いけれど、きちんと謝った後は笑顔で頭を撫でてくれた
俺はそれが大好きだ
名前をくれたのは、此処に来て一週間後の夜だった
そろそろ『貴方』とかと呼ぶのに疲れたと言って、庭先に咲いている花(俺が気に入って弄り倒した花壇。勿論その後怒られた)を指差して
あの花と同じ名前にしましょう、と微笑んだ

『ガイラルディア』

中心が赤く、外に行くにつれて鮮やかな黄色に変わる花弁をつけた綺麗な花
この辺りでは珍しい花なのだと、図鑑を見せながら丁寧に説明してくれた
ジェイドの寝室にも飾ってある花だったから良く覚えている
何度か反復してソレが自分の名前なんだと理解する。純粋に嬉しかった
ジェイドが名前を呼んでくれるだけで
自分が此処に「居る」のだと証明されるようで
重々しい首輪もその時に、今首に付けられている上品な飾りの付いたチョーカーに替えてくれた
控えめだけど存在を主張するようなソレは俺のお気に入りだ
今まで嫌々ながらつけていた首輪とはまるで違う
メダルに触れると、彫られている名前の溝が指に気持ち良い

顔を上げると自然と廊下の脇にある柱時計に目が行く
いつもジェイドが帰ってくる時間よりも30分先を指した長針
今日は帰りが遅いのかな…
そんな考えが僅かに頭を過ぎっただけで、捨てられた仔犬の様な情けない鼻声が出た
どれだけ彼に依存してしまっているのかが解る瞬間
そして不安になる

今彼に捨てられたら自分は生きていけるのだろうか、と……


はた、と気付いて思考を消すように頭をブンブンと振る。嫌な事は考えたくない
しかし思考とは複雑なもので、一度考え出すとそこから安易に抜け出せなくなるのだ
縮こまるように膝を抱えて頭を埋めようとした、その時
玄関のノブが回される音が耳に届いた。聴覚の優れた犬耳がその音を敏感にキャッチする
途端に立ち上がり玄関へと走る。扉が開かれて、中に入ってきたジェイドに抱きついた
いきなり抱きつかれて、ジェイドは驚いたようだったが咎められなかったのでそのままの状態を維持する
背中に腕を回し抱き返してくれて、頭を撫でられてから俺はようやくお互いの顔が確認出来る位まで離れた


「急にどうしたんですか?何かありましたか?」


帰宅してからの俺の行動を疑問に思ったのだろう。ジェイドが訊ねてきた
さっきまで考えた事を伝えたかったけれど、上手く頭が回らないしジェイドの姿を確認出来た事でそんな思いは何処かへ吹き飛んでしまったんだと思う
なんでもない、と小さく伝えると
おかしな人ですね、と微笑んで額に口付けをしてくる
擽ったくて離れようとすると、そのままの状態で腰を抱かれた


「何?」
「ガイ、私に何か言う事がありませんか?」
「???」


一体何を、と疑問に思い首を傾げたが直ぐに何を言われているのか解った
いきなり抱きついてしまった事で言いそびれていた言葉を、彼は求めている

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あきゅろす。
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