小説
兄貴の秘密〜数日前〜
ガチャ・・・
「・・・君は弟君が相当大事のようだね」
ノックもなく入ってきた人影に、部屋にいたもう一つの人影が先に言葉を紡ぐ。
「・・・・・・」
「また来てくれるとは思わなかったよ・・・普段は一回も来てくれないくせに・・・君が素直に私に従ってくれたのはあの時以来かな?」
「・・・・・・」
来訪者はいたって無言を突き通す。
「・・・・・・声は・・・聞かせてくれないのかい?」
さっきまでとは違い、低く掠れた声・・・。
「・・・・・・」
「はぁ・・・弟君のことは心配しなくていいといったじゃないか・・・もしかして、その言葉だけでは不安かい?」
「・・・あんたは、嘘が得意だ。そんな口だけの約束、信じられるわけがない」
初めて、来訪者が口を開いた。
だが、その内容はとてもいい内容と言えるものではない。
「フフ・・・やはりね。では、どうする?」
「・・・弟に手は出すな」
「その返事は信じられないのだろう?」
先住者は薄く笑い、次の言葉が楽しみだといわんばかりに目をギラギラさせていた。
来訪者の拳は酷く震えていた。
まるでそれは、何かを護るために自分を犠牲にする恐怖を抑えようとしているように・・・。
・・・・・・拳の振るえが止まり、やがて、意を決したように口を開いた。
「・・・俺が、弟の代わりになる。・・・それで・・・いいだろ・・・」
その言葉を聴いたとたん、先住者の口は完全に裂けていた。
「その言葉を待っていたよ・・・昶・・・」
そういいながら、昶に近づいていく。
「・・・理・・・事長・・・」
「いや、南だ・・・」
そういうと、南は昶の制服のネクタイを器用に片手ではずしていく。
Yシャツのボタンを丁寧にはずすと、あらわになった昶の肌を指でなぞっていく。
「うっ・・・」
昶の額から汗が流れる。
南に首を噛み付かれ、その痛みで声を上げる。
「くっ・・・やめ・・・」
そのまま、耳の付け根、目とキスをされ、最後に唇と唇が重なった。
手を拘束され、ドアに押し付けられる。
「・・・み・・・なみ・・・・・・んっ・・・」
愛情のこもらない冷たい唇で、いったいどのくらいキスをされただろう。
長い長いキス。
まるで、やっと獲物みつけた獣のように乱暴に唇を吸われる。
やがて、口内に唇と温度差のある、生暖かい舌が侵入してくる。
「んっ・・・・・・」
それを拒むように、舌を奥に引っ込めようとするが、南により舌を絡まれ、根こそぎ持っていかれる。
「ふぅ・・・んぁ・・ぅ」
口からは互いの唾液が零れ落ちる。
必死に抵抗しようとするが、手を拘束されているのでそれも叶わない。
――やばい・・・息・・・がっ・・・・。
昶が危うく酸欠状態になろうとした、そのとき。
コンコン・・・
扉をノックする音が聞こえ、ようやく南は昶を開放した。
昶はそのまま気絶し、南の胸に倒れこんだ。
「・・・父さn・・・じゃなくて、理事長。います?」
扉の向こうから低く、爽やかな声が聞こえた。
「・・・チッ。・・・あぁ、いるが。急ぎじゃなけりゃ帰れ」
「残〜念。急ぎなんですよねぇ〜・・・もしかして、やばいことやっちゃってます?」
「・・・・・・・入れ」
ガチャ、と入ってきたのは爽やかな顔をしたイケメン。
そして、南が抱えている人物を見て、驚きもせず、ただため息をついた。
「・・・また男をヤったの?しかも、もしかしてそれ昶?」
「用はなんだ早く言え」
「確か、昶は一回あんたにヤられてから理事長室に寄らなかったんじゃなかったっけ?なんで居るの?」
「・・・・・・」
だんだん機嫌が悪くなっていく南に気づいたのか、ようやく用件を言おうと息をついた。
「はぁ・・・ま、用件はその昶の弟のことなんだけどね」
「あぁ、Aクラスに入ったことか・・・」
「知ってるんじゃない」
「・・・そのことはお前んとこで適当に見繕ってくれ。お前なら、容易なことだろ」
南が呆れたようにいった。
「でもどうして?あの治樹って子、よく見積もってもCクラスってとこだよ?」
「弟のことは昶に全て任せている。・・・こいつは成績優秀だからな・・・」
「それだけじゃないくせに・・・」
悪戯っぽく笑ってからかう。
「穣。あまり調子に乗るな。その気になれば、お前をいつでも生徒会長から下ろすことはできるんだぞ」
「それはいやだなぁ〜俺、他人から指図されるの虫唾が走るほど嫌いだからさ。もしされたら・・・殺しちゃうかもしれない・・・」
周りの空気がシンとなった。
そんなことを、凍った笑顔でいう穣。
他人が見れば、誰もが背筋を凍らせただろう。
「・・・ん・・・」
そんな中、気絶してからずっと南に倒れかけていたままだった昶が目を覚ました。
「おはよ。昶」
先ほどの笑顔からは考えがつかないような爽やかな笑顔で昶に話しかける。
「み・・・穣!?」
「じゃ、俺用事あるから」
「あ、ちょ・・・」
バタン・・・
穣はそのまま去っていった。
「あぁ、興が冷めた。・・・昶、もう帰っていいぞ」
「え・・・でも・・・!?」
「安心しろ。・・・弟君には手は出さない」
それは、最初の発言とまったく違う、柔らかく、優しい声色で発せられた。
昶はあきらめたように、だが、いっさい油断をしない目つきで、南を睨み付けた。
「・・・・・・入学式。弟をここに連れてきます・・・・・・一応は、ここの生徒になるやつですので・・・」
さっきまでの強いの語気はどこえやら、今度は、南を理事長として言葉を紡ぐ。
理事長室を出ると、穣が先に帰らず、待っていてくれていた。
「穣。・・・もしかして、見てた?」
「え?なんのこと?」
「・・・・・・もういい」
昶は穣のこういうところが嫌いだった。
他人の指図を受けないところ。気に食わなければ、全て力で解決しようとするところ。
でも、穣の全てが全て嫌いなわけではない。
「そんなに心配なら、寮も一緒の部屋にしようか?・・・3年と1年が同室なんて異例以外のなんでもないけどね・・・」
「!!!・・・本当か」
「俺、生徒会長だよ?」
「・・・ありがとう。助かる」
こういうとき、昶は穣がずるいと思う。
ときどき、心底困ってる奴に生徒会長という権限を使って救ってくれるんだ。
遠慮しなければ、だけど・・・。
「それと俺、お前の弟の顔見たことないんだけど・・・」
「あれ?そうだったっけ?・・・今度、会わせるよ」
「あぁ、よろしく!!」
いつも、そんな笑顔だったら世の中平和だったろうに・・・。
昶はそんなことを思いながら、穣と同じ教室に向かって歩く。
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