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小説
天涯孤独



「治樹!」


壱夜は叫んだが、治樹は止まる気配が無い。


――・・・あいつ・・・なにしたってんだ?

――さっき、『佐藤昶』の部屋からなんか聞いてたような・・・


「・・・まさか」





治樹の頭の中はどうしようもなく混乱していた。

後ろから壱夜が叫んでいるが、今の治樹に聞こえるはずも無い。


――いやだ・・・いやだ・・・

――嘘だ・・・嘘だ・・・嘘だ・・・!!

――兄貴は兄貴だ・・・俺は・・・・・・!


気がつくと、そこは屋上だった。

何をしてよいかわからない治樹には、このまま死んでしまおうかという考えすら浮かんだ。


「治樹・・・ッ!」


しかし、その考えを後ろから誰かが打ち消してくれた。


「壱・・・也・・・」


そうその相手を確認したとたん、無意識に涙が浮かんできた。


――あれ・・・?

――なんで泣いてんだ・・・俺・・・。


理解不能の涙に拭うことさえできなかった。


「治樹・・・・・・いったいどうしたってんだ?」


そんな壱夜の問いに、治樹は戸惑った。


「・・・わからない・・・」


そんなことは、治樹が一番聞きたいことだった。

いったい何がどうなっているのか・・・。


――兄貴が・・・兄貴じゃ・・・ないなんて・・・


「・・・その、『佐藤』って苗字。・・・もしかしたらと思ったけど・・・」

「そうだよ・・・『佐藤昶』は・・・俺の兄貴だ・・・」


――兄貴なんだ・・・


治樹は、あの昶に似た男の言葉を思い出す。


――「君たちが、『血の繋がらない兄弟』だってこと・・・」――


「・・・嘘に・・・決まってる・・・」

「・・・・・・」


治樹が今、どんな気持ちでここにいるのか・・・。

壱夜にはそれがどうしてもわからなかった。

こんなとき、どんな言葉をかけてやればよいのか・・・。

長らく一人だった壱夜にはまったく思い浮かばなかった。

それでも、声をかけようとしたところに、別の声がかけられた。


「治樹っ!」


――・・・!


「あんたは・・・!」


いきなり現れた人物に声を上げたのは、壱夜だった。

そこには、治樹の兄である昶が、息を荒げながら立っていた。


「・・・・・・」


治樹は、そんな兄貴を見て目をそらした。


「治樹・・・!すまん・・・ずっと言ってなくて・・・これには深いわけが・・・」


必死に、昶は説得しようとするが、治樹には届かない。


「・・・っ!」


バッ


「!治樹っ!」


治樹は、壱夜を力でどかすと、そのまま走っていってしまった。


「!・・・治樹くん!?」


あとから走ってきた穣が、横を通り過ぎていく治樹に声をかけるが、治樹には聞こえない。


「・・・・・・っ!」


昶は、そこに立ち尽くし震える拳を強く握り締めた。





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あきゅろす。
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