小説
兄貴と・・・兄貴?
「寮かぁ・・・楽しみだな!」
昶の後ろをついて回る治樹はそういってはしゃいでいた。
「この学校10階まであって、1階から5階が教室。後は全部寮になってんだ。使ってる奴も使ってない奴もいるから、ほとんどがら空きだけどな」
「ほんとすごいな、この学校」
改めて学校のすごさを実感してため息をつく。
「ところでさぁ、兄貴。何で、この学校に入ろうと思ったの?」
「・・・え」
そんな治樹の質問に昶はビクリと体を振るわせた。
「学費も高そうだし・・・なのにあんまり俺達の生活が苦しくなったこともないし・・・」
治樹は昶のそんな変化にも気づかずそれに続けて淡々と疑問を投げかける。
「あ・・・あぁ・・・実はここ父さんの友達が開いてる学校で、せっかくだからって俺を学費免除で入れてくれたんだ・・・」
昶は戸惑いながらも、言葉を選んでそう言った。
「へぇ〜・・・父さんってすごいんだね」
「ま・・・まぁな」
――・・・また、嘘いっちまった・・・
――これじゃあ、また穣につつかれる・・・
そんなことを思いながら、昶はまた歩を進めた。
「ここだ」
昶が一つの部屋の前に立って言った。
「S-AKR?・・・ホテルみたいな番号じゃないの?」
「あぁ。これは俺の名前になってんだ。もともと、俺1人の部屋だったからな」
「同室とかじゃなかったの?」
「Bクラス以下は同室だけど、Aクラスの奴はみんな個室だ」
昶がそう説明すると、制服の胸ポケットからカードを取り出し、扉の横にあったスキャンにかざした。
カチャ・・・
鍵が開く音が聞こえると昶は扉を開けて治樹に入るよう促した。
部屋に入ると本当にホテルみたいな設備が整っている。
ちゃんとした風呂もあって、しかも広い。
「ほら、これ」
部屋に見とれていると昶が治樹に一枚のカードを差し出した。
「これ・・・さっきの・・・?」
「あぁ、今日から、お前もこの部屋の住人だからな。ここに入るための鍵だ。一応スペアはあるけど・・・なくすなよ?」
「うん。ありがとう」
昶の言うことを素直に聞き入れ、なくさないように制服の胸ポケットに入れた。
「・・・あ!」
「どうした?」
治樹が急に思い出したように声を出した。
「・・・俺、教室に道具置いたまんまだ・・・」
治樹は、先ほど壱夜と話をしていたところを桐馬にとめられ、そこから兄貴が現れてそのままここに来てしまった事を思い出した。
「俺、ちょっと取りに行って来る!」
「一人で大丈夫か?」
「・・・俺を子供みたいに言うなよ・・・」
「・・・・・・」
―というか、それ以前に、治樹が野蛮な虫どもに襲われないか心配だ・・・。
「じゃ、行って来る。すぐ戻ってくるから」
そう言って去っていった治樹を尻目に、昶はさらに心配なことをつぶやいた。
「・・・穣とかに出くわさなきゃいいけど・・・」
□■□■□■□■□
「あ。ここエレベータもあるんだ・・・」
部屋を出て、辺りを見回すとスーパーとかでよく見るエレベーターを見つけた。
「これ、乗っていいのかな・・・」
昶と一緒にここへ来たときは、律儀に階段を上ってきたのだが、エレベータがあるとは知らなかったので、自然に好奇心が沸く。
「えぇい!乗っちゃえ!」
意を決して、エレベーターの前に立つ。
チン・・・
「・・・あ」
都合よく扉が開いたと思ったら、中に人が入っていた。
「あれ?君、1年生?・・・このエレベーターは生徒会の人しか乗れない規則なんだけど?」
「す・・・すみません!俺、知らなくて・・・」
―あれ?
顔を上げてその人をよく見ると、自分の良く知っている昶と少し面影が似ているような気がして、一瞬固まった。
「君、名前は?」
「え・・・」
その一言で我に返りあわてて自分の名前を口にする。
「さ・・・佐藤治樹ですっ!ほんと、すみません!!」
「・・・・・・」
―ん?
返事が返ってこないことに違和感を感じ、自分の頭ほど背の差がある眼前の男を見上げる。
「・・・君が・・・治樹くん・・・?」
「え?・・・あ・・・はい・・・」
「・・・ふ〜ん」
男は治樹の顔を見て意味深に笑うと、エレベーターから降り、治樹の横を少し通り過ぎると後姿のままでこう応えた。
「いいよ。君に、そのエレベーターを使うことを許可してあげる」
「え?なんでですか?」
そして、男は振り返り爽やかな笑顔で言った。
「君の『お兄さん』にもそう伝えておいてね」
そういうと、男は去っていってしまった。
治樹に何かもやもやとしたものを残して・・・。
―あの笑顔・・・兄貴に似てたな・・・
治樹はしばらく、そこを動けなかった。
□■□■□■□■□
1-A教室前
「あ。着いた・・・」
ずっとさっきの出来事を考えながら歩いき、ふと上を向くと自分の教室の前に来ていた。
さっそく自分の当初の目的を思い出し机の上においてあった道具を片付け、手に抱える。
―あの人はいったい何なんだろう・・・
―・・・すごく兄貴に似てた。
しばらく考えると、治樹は決心したように言った。
「・・・・・・兄貴に直接聞いてみよう。・・・兄貴なら、なにか知ってるかもしれない!」
そういい、教室を後にした。
□■□■□■□■□
エレベーターの使用を許可してもらったのを快く受け、自分の部屋の階につくと、そそくさと部屋に走っていった。
扉の前でとまり、カードを取り出そうとした瞬間。
「治樹に会ったのか!?」
扉の向こうから兄である昶の声が聞こえ手が止まった。
「あぁ」
「お前、治樹に余計なこと言ってないだろうな!?」
「言ってないよ・・・。・・・まったく。まだ、弟離れが出来ていないようだね。君は」
―この声・・・さっきあった男の人の声だ・・・
―何・・・話してるんだろう・・・
何かもめているようなので、入るに入れず、扉に耳をつけて話を聞くことにした。
「いつまでひっぱるつもり?どうせいつかは話すことになることなんだよ?」
「・・・でも・・・今の関係を壊したくないって言うか・・・・・・言わなくてもいいんじゃねぇか・・・って・・・」
「そんなこといって、気づいたときに傷つくのは治樹くんだよ?」
―なんのこと?
―傷つくのは俺って・・・どういうこと・・・
「君たちが、『血の繋がらない兄弟』だってこと・・・」
―え・・・・・・
刹那、治樹の世界が真っ暗になった気がした。
―何・・・今・・・なんて言ったの・・・・・・
必死に今聞いたことが嘘だと信じようとする。
しかし現実は―今紡がれた言葉は紛れも無い真実で、誰も嘘だとは訂正してくれない・・・。
―そんな・・・いやだよ・・・
―・・・兄貴が・・・本当の兄貴じゃ・・・ない・・・なんて・・・
「・・・うわぁ・・・!!」
治樹は立ち上がり、当ても無く走り出した。
「・・・ん?」
それをちょうどその道を通った壱夜が見ていた。
「・・・治樹?」
気づけば、壱夜は治樹の後を追っていた。
「!!なんだ?」
扉の向こうに誰かいたような気がして、昶は扉を開いた。
「!!!」
見ると、通路の向こうにかすかだが自分の『弟』の姿が見える。
「・・・まさか・・・さっきの話・・・・・・くっ!!」
「!! 昶!」
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