小説
『葵』い空
「・・・可愛そうに」
少女の目の前には、ダンボールの中に入った一羽の鳥。
「羽を・・・怪我して・・・」
その鳥は、両方ある羽うちの一方を力なく垂れ下げていた。
少女はその鳥を優しく持ち上げると、頭をそっとなでて微笑んだ。
「大丈夫。わたしが治してあげるから」
少女は立ち上がり、ふと、誰かの視線を感じ後ろを振り向いた。
そこには、一人の少年が立っていて・・・少女は驚きも戸惑いもなく、その少年を見つめた。
「・・・なんだy「ねぇあなた、この子のお家知らないかしら」
少年が言うよりも先に、少女が一方的に話しかけた。
「し・・・しらねぇよ・・・・」
あまりに真剣で、まっすぐな目で見られたので少年は少し戸惑ったが、自分が知ってるあるだけの事実を少女に言った。
「・・・そう」
少女はその答えに悲しんだ様子もなく、再び手のひらの鳥に目を向けた。
「・・・お前、少しも残念がらねぇのな」
少年は、そんな少女に不覚にも興味を持ってしまい、少しでも会話を続けようと話題を促す。
「えぇ。だって貴方がこの子の家知らないこと、貴方を一目見たときから雰囲気でわかったもの」
あたりまえだ。たまたま後ろにいた奴が、その鳥の飼い主だなんて偶然、普通ならありえるわけがない。
「じゃあ、最初っから聞くなよ」
「念のためよ」
少年はいままでこんな少女には出会ったことはなかった。いまひとつ、彼女の思考が読み取れない。
「ところで貴方。そろそろ学校に行かないと遅刻するわよ」
「お前に言われたくないんだが・・・」
この少女はいったい何がしたいんだろう。
「私はいいのよ。今日はこの子の世話に専念することにするから」
「・・・・つまり、学校をすっぽかすってことか?」
この少女の口からそのような言葉が出てくるなんてことは、少年はまるで予想していなかった。
なぜなら、その少女の外見は漫画やアニメなどで見る、典型的な文学少女のそれだったからだ。
「えぇ。それ以外、今すぐこの子を助ける方法がないもの」
「いいのか、そんなことして。お前どうみても優等生っぽいだろ。完全無欠席の栄冠はどうするんだ?」
少女はどうやら本気らしかった。その証拠に、彼女のトレードマークのそのまっすぐの目が、少しも揺らいではいなかった。
「そんな栄冠いらないわよ。だいたい優等生っぽいってなんなのよ。ぽいじゃなくて、優等生なのよ。私は」
「はぁ?」
自分で自分を優等生だなんていう奴が、優等生で本当にあるのか?、と少年はそのとき一瞬本気で思った。
「だから、ってかだからじゃなくても、多少休んだってだれも怒りゃしないわよ」
確かに、いまどきの高校教師はこんなたまにしかサボらなそうな奴とか、毎日のようにサボってるこの少年にも一回も怒るということをしたことがない。
外見に似合わないその言動の数々に、紛れもなく少年は戸惑っていた。
「じゃあね」
少女はそのまま立ち去ろうとした。少年が思わず少女を引きとめようとしたが、引き止める前に少女のほうから先に向き直った。
「あ、貴方の名前聞いてなかったわね」
少女は首だけを少年に向けてそう尋ねてくる。
「俺は・・・神城・・・翼・・・」
「翼・・・いい名前ね」
そういうと、再び少女は去ろうとする。
「ちょ、おい!お前の名前は教えてくれないのかよ」
「私の名前?聞きたいの?」
少女は不思議そうに少年に問いかける。
「あたりまえだろ。こっちが、名乗ったら普通、そっちも名乗るのが常識だろ?」
「だって、個人情報だもの」
少女はいたって普通にそう答えた。
「それは、本気なのか?冗談なのか?」
「・・・・冗談に決まってるじゃない・・・・仕方ないわね、教えてあげるわ」
なんで、そんなに上から目線なのか少年は問いたかったが、それは胸の中にしまっておくことにした。
「水無月葵・・・ヨロシクね。神城君」
・・・これが、ある春のとても葵い空の下での出会い。
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