小説
小さな挑戦
次の日――
今日の朝も、葵は迎えに来た。
こうして毎日迎えに来るつもりだろうか・・・と想いながら、翼は仕方なく葵についていった。
「う〜ん・・・」
通学路を歩いている途中、翼はあることで考え事をしていた。
顎に手を当て、その手の肘をもう片方の手で支える典型的な『考える人』の姿勢。
う〜ん、う〜んとうなりながら歩いていると、さすがに葵もしびれたのか、隣の翼に話しかける。
「どうかしたの?昨日、壮絶な恐怖に陥れられるような悪夢でも見た?」
「ち、ちげぇーよ!」
いつものからかうような葵の言葉。
葵はそんな翼を見て、クスクスとまるでお嬢様がやるような仕草で笑った。
「・・・昨日、俺の妹が妙なこと言い出してな」
「妙なこと?」
昨日、家に帰った後――
――お兄ちゃん、今週の日曜なんか用事ある?――
羽音はそんなことを言い出した。
今まで、翼にいろいろと世話を焼いたり、まるで母親のようにガミガミ言ったりはしたが・・・。
まるで、翼が必要だといわんばかりの・・・というか、翼に向かってあんな嬉しそうな顔をしたことはあまり無かった。
いや、羽音のことだから、裏で何か企んでいるんだろうけど・・・。
それがなんなのか、翼はまったく見当がつけずにいた。
「・・・あいつ、何企んでるんだろう・・・?」
「妹なんですもの、お兄ちゃんに一つや二つの願い事ぐらいはあるわよ。それを、叶えてあげるのがお兄ちゃんの仕事じゃないのかしら?」
「・・・・・・あぁ」
――お兄ちゃんの仕事、か・・・。
まぁ、あいつが望んでいることなら、かなえてやってあげなくも無い、と翼は想っていた。
なんだかんだで、親のいない生活をしてる中で、一番俺の面倒を焼いてくれたのは羽音だ。
兄の意地だとか、年上として情けないだとか、全然想っていないわけでもないが、そういうのとは別として、羽音には素直に感謝していた。
・・・まぁ、想っていても言葉に出来ないのは、アレなのだが・・・。
「う〜ん・・・」
゚・*:.。..。.:*・゚
「詩織っ!」
後ろから、聞きなれた声がして振り返る。
「羽音ちゃんっ?!あれっ、何で?」
「ん?今日は、私から迎えに来ようと思って♪」
羽音のいつもなら無い行動。
いつもは、詩織の方が羽音の家に迎えに行くのだ。
それは、羽音が相当な面倒くさがりで仕方なく迎えに行っているわけでも、あっちから無理やり迎えに来いっ!って、言われている訳でも無い。
わかっていたからだ。
羽音は頭もよければ、勘もいい。
わかっていたのだ。
詩織が、羽音の兄である翼に恋をしていたことを・・・。
だから、知っていた。
詩織がわざわざ毎日羽音を迎えに来るのは少しでも翼に会うためなんだということを・・・。
羽音は気は強いが心はとっても優しい人だ。
そういうところは翼によく似ていると想う。
だから知ってても何も言わず、黙って私の密かな毎日の楽しみを見守ってくれた。
わかっているくせに、ずっと詩織が翼のことが好きなのを黙っていてくれた。
そして、そこまで考えて不意に詩織は悟った。
「えー・・・も、もしかして・・・・・・あの、会うって言う約束・・・もう、翼さんに話しちゃったとか?」
詩織がそういうと、羽音は一瞬驚いたように目を丸くして、そして満面の笑顔で答えた。
「うんっ!」
「えぇぇぇー////」
一瞬にして、詩織の顔が赤くなった。
恥ずかしさで、体が熱くなる。
「大丈夫だよ!詩織が来るってことは言ってないから!」
「で・・・でで、でもぉ・・・//」
どうしてよいかわからずオロオロしていると、羽音が詩織の腕を掴んで、まっすぐに顔をあわせた。
「ぃ・・・痛っ!」
「詩織っ!」
「は・・・はいぃぃ!」
「いつまでウジウジしてるつもりっ!?」
いつもは、兄である翼にしか見せない形相で羽音はそう言い放った。
「いつまでも自分の身ばっかり護って、それで夢が叶うの!?前に進めるの!?」
「・・・っ!」
「お兄ちゃんが好きなんじゃないの!?仲良くなりたいんじゃないの!?一緒になりたいんじゃないの!?・・・詩織は、それでいいの!?」
「・・・・・・」
言いたいことを全て言い切った羽音は、しばらくの間、荒い呼吸を続けていた。
「どうなのよっ!!」
そして、しばしの沈黙をおいた後、突然詩織は泣き出した。
「う・・・うっ・・・」
「・・・っ!ゴ、ゴメン!言い過ぎた!いや、その・・・ほんとに・・・っ!」
それを見た、羽音は慌てて詩織をなだめる。
しかし、謝る羽音をよそに詩織はタジタジながら首を振る。
「んぅっ・・・ううん、違うの・・・私・・・・・・」
「・・・え?」
「私・・・嬉しくって・・・・・・」
えっ、と呆気に取られた羽音は一瞬、一切の力が抜けて、掴んでいた詩織の腕を放してしまった。
その腕は、即座に詩織の目元に持っていかれ、手は涙でぬれていった。
泣きながら、詩織はとつとつと話し出す。
「・・・私・・・っ・・・正直、自信がもてなくて・・・っ」
「・・・」
「この前、羽音ちゃん私のこと応援してくれたでしょう?・・・だけど・・・っ・・・本当に私なんかが翼さんに認めてもらえるのかって考えたら・・・自信なくて・・・・・・でもっ!」
「ん?」
詩織は、そこで一度言葉を切り、流れ出る涙を全て拭き取ると言った。
「でも・・・・・・さっきの言葉聞いて、自信がもてた・・・っていうか、羽音ちゃんがいるなら、大丈夫かな・・・って・・・」
「うん・・・」
「・・・私・・・翼さんと付き合うっていうのは、絶対無理だって想ってるんだ・・・・・・あ、ううん、あの・・・それは、ダメだ、って諦めてるんじゃなくて・・・その・・・・・・」
「・・・わかったよ!」
詩織が全て言い終わるよりも先に、羽音は過振りを振った。
「私も、自分の言いたいことばっかり言って悪かった。私は、詩織の恋をサポートする役、後は、詩織が好きなように、悔いのないようにやりな!」
「・・・うんっ!」
かくして、小さな恋の挑戦は始まる・・・。
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