小説
EpisodeV 昔話
入学式、いきなり庶務活動宣言が告げられてからもう既に三週間がたった。
星海はさっそく生徒会庶務としての仕事に追われていた。
「か・・・一樹先輩。こんなもんでどうですか?」
星海は、やっとの思いで書いた書類を恐る恐る一樹に提示した。
「ん?・・・・・・・・・・・・てめぇ・・・全っ然、違ってんだよ!どうやったらここがこうなる!」
「見せてください」
一樹の怒鳴り声と共に、副会長の声も聞こえた。
副会長――青空颯斗はついさっき星海が一樹に渡した書類を見て、ため息をついた。
「・・・はぁ・・・・・・だから言ったじゃないですか・・・」
「やり直しだ!」
「・・・やっぱり・・・」
もう何回目かも知らない書類の書き直し。
星海の胸の中には、一つの怒りの炎が灯り始めていた。
「・・・ってか・・・・・・翼っ!!!何サボってんだっ!!」
自分の口から出た暴言。
そんなのはこの際気にしない。
「ぬわぁぁぁっ!!」
翼がビクッ!と体を震わせた。
「大体・・・あんたがこれやらないとダメなんじゃないの!いつもいつも、発明にうつつ抜かしてんじゃねぇ!さっさと・・・自分の仕事やれやぁぁ!!」
「ぬわぁぁぁ!書記ぃ〜助けろぉ〜」
「いちいち月子先輩の助け乞うな!」
そんな騒ぎを遠めに見ながら、颯斗が呆れながらポツリと呟く。
「あれ、ホントに女の子ですか?」
「さぁな・・・昔と変わらねぇ・・・」
「え?」
一樹のその言葉に聞き返そうとしたが、割り込んできた声にそれは遮られた。
「酷いじゃないですか。星海ちゃんはちゃんとした女の子です」
むっ、としながらそう言ったのは、生徒会書記――夜久月子。
星海が来る前までは、この学校唯一の女子生徒だった。
昔は女子一人と言う寂しさもあったが、今ではそれはすっかり無くなり、今では星海という存在を誰よりも大切にしている。
「でもま、翼のサボりを俺の変わりに成敗してくれるのは助かるな」
「翼くん、きっと彼女のこと会長以上に恐れていると思いますよ」
「そうかぁ?」
一樹は笑いながらそう言った。
そして、もう一度騒ぐ二人を見つめる。
――この生徒会も、賑やかになったもんだな・・・
そう想い、目を閉じる。
そして、一樹は目を開けると、何かを決したように言った。
「よし、じゃあ、その書類が終わったら全員解散。寮に戻っていいぞ」
☆★☆★☆★☆★☆★
「星海」
帰ろうとした背後から声をかけられ、星海は立ち止まる。
「一樹先輩?」
振り返るとそこには一樹の姿があった。
「ちょっと、話がある・・・いいか?」
「別に構いませんけど・・・すいません。私も話があるんです。いいですか?ちょっとした昔話なんですけど・・・」
「あぁ、俺も同じだ」
☆★☆★☆★☆★☆★
星月学園の校門前広場。
そこにあるベンチに二人は腰掛けた。
「お前、覚えてるか?昔のこと」
開口一番、一樹はそう言った。
星海もそれに答えて口を開いた。
「はい。正直、一樹先輩の顔と名前見る前までは忘れてましたけど・・・最近思い出しました」
「そうか、俺もだ」
ははっ、と一樹は笑った。
星海も苦笑いを浮かべる。
「別にどうといった思い出でもないですけどね」
「俺とお前は昔一度会っている。月子と会う前に」
「え?月子先輩とも会ってたんですか?」
「あぁ、でも俺はあの時あいつを酷い目にあわせちまった・・・・・・俺たちは昔会っているが、この学校であったときは始めまして、ってことなってる・・・あの頃の思い出を忘れさせるためにな・・・思い出させないように・・・」
一樹はまた悲しそうな顔をした。
入学式のときに見せたあの表情と同じ。
月子に向けた、あの表情・・・。
「なんで、それを私に言うんですか?」
星海は、一樹にそう問いかける。
「あぁ?・・・なんとなくだ・・・・・・お前になら、話せそうな気がしただけだ・・・」
☆★☆★☆★☆★☆★
6年前・・・
一樹が月子に出会う、ちょうど1年前くらい。
一樹はある自分とよく似た少女にであったのだ。
一樹は荒れに荒れていた。
早くに両親を失い、その全ての責任が自分にあると思い込んでいた。
無くしたものの大きさに、一樹は耐えられなくなり、逃げることで一樹は自分を護っていた。
弱さを隠すための喧嘩を強さだと履き違えていたのだ。
「なんだお前、やるってのか?」
一樹を囲んでいたのは、一樹と同い年くらいの少年が5人ほど。
そんな仲に一人、一樹は5人の人数を前にしても怯むことなく、ただ冷静に立っていた。
「かかってきたのはお前達だろ?」
「そんなことは関係ねぇんだよ!うらぁ!」
ゴッ・・・!
「ぶっ・・・」
一樹の拳が入り、腹を押さえて少年の一人が倒れこむ。
「こいよ」
冷静に、ただ冷静に、一樹は喧嘩した。
殴って殴って・・・自分が強い存在なのだとわかりさせるように・・・。
「なにやってるの?」
そんな中にかけられた、声。
鋭い少女の声だった。
一樹よりもはるかに小さい少女。
「なんだてめぇ!ガキは黙ってろ!」
「何言ってんですか・・・あんたらも十分ガキだろ」
そう言って、一人の少女はゆっくりとこちらに向かってくる。
そして、一樹の前に立ちはだかった。
「どけ!」
「なんで?」
「おめぇは関係ないからだよ!」
口々に少女に向かって毒を吐くが、少女は涼しい顔をしてそれを交わす。
「余計なことをするな。邪魔だ」
それを見た一樹が、ようやく少女に向かって言った。
しかし、その言葉にも少女は涼しい顔で答えるのだった。
「喧嘩っていうのも十分余計なことだと思いません?」
「はぁ?」
「あなたは、喧嘩をこの世に必要なことだと思ってるんですか?それは、間違ってますよ」
一樹は、そんなことを言う少女に怒りを覚え始めて、力を込めた口調で退けようとしたが・・・。
「お前っ・・・!」
「それに、私は助けようとしてるわけじゃない。・・・私が喧嘩したかったから、入ってきただけです」
一樹が言う前にそういわれて一樹は拍子抜けした。
――喧嘩したかったから入ってきただと?
「それじゃあ、さっき言ったのと矛盾してるだろ」
一樹が呆れながらそういうと、絡んできた少年達が、今の少女の言葉を聞いて腹を抱えて笑い出した。
「聞いたかよ!」
「こいつが喧嘩ぁ?」
「軽くひねってやろうぜ!」
少年達はそういいながらずっと笑っていた。
そんな少年達には見向きもせずに少女は一樹に言った。
「喧嘩がダメなことは知ってる・・・でもなんか、こうやってないと気がすまないんだ・・・」
そういうと、少女は笑う男子の一人に鮮やかに蹴りを入れる。
ガッ!
「うおぁぁっ!・・・がっ」
顔面に思いきりけられた少年は一発でノックアウトされた。
「・・・・・・・・・・・・」
場の空気が一気に静まり返った。
さっきまで少女を笑っていた少年達も、今はその少女を前に目を丸くしている。
「小さいからとか女だからって、喧嘩が弱い理由にはならないでしょ・・・ずっとこうしてきたんだから・・・!」
「チッ・・・舐めやがって・・・うらぁ!」
「っ・・・!」
少年の一人が少女に殴りかかろうとしたが、少女はその小さな体を駆使して、その攻撃を避けながら、少年の懐に入り込む。
「・・・!?」
空振りした少年の腕を両手で掴み、そのまま地面へと向かって投げ飛ばす。
「うあぁっ!」
「くらえっ!」
「!・・・っ」
そうしているのもつかの間、少女は後ろから来た少年の姿に気がつかなかった。
もう、その拳は寸前にまで近づいている。
――しまっ・・・
ガッ・・・!
少女が覚悟を決めたそのとき、目の前に立ちはだかる影があった。
「あんたっ・・・」
「弱いか強いかじゃねぇ・・・女がこんなことしちゃいけねぇだろ・・・」
そこには、一樹がいた。
一樹が少年の拳から少女を護っていた。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ一樹は前に引き取られた親戚のじいさんの言葉を思い出した。
――カズ、学びなさい。力の使い方を、人の護り方を、幸せになる方法を――
完全に理解したわけじゃない。
まだ、よくわからない。
だが、ふと思い出したのだ。
少女が自分と似ていると思ったのかもしれない。
ただ、衝動的にだったのかもしれない。
少女を護りたいと想ったのだ。
ドスッ!
「うおぁぁ・・・っ!」
次々と少年達が倒れていく。
後に残った少年二人が、あからさまに怯み始めた。
「く・・・くそっ!・・・らぁ!」
少年の一人が一樹に殴りかかる。
バシッ!
「・・・っ!?」
一樹はその腕を掴むと、眼光を光らせながら言った。
「・・・もう、お前らに勝ち目はねぇよ・・・」
言いながら、一樹は拳を腹に突きつける。
「!?・・・ぶっ」
バタ・・・
一樹が倒れる少年を見ていると、もう一方から別の悲鳴が聞こえてきた。
「ぐあっ!」
ドス・・・
見れば、少女が残りの一人を片付け終わった後だった。
「あぁ、スッキリした」
少女はその言葉とはまったく比例しない、鋭く、少し悲しそうな顔でそう言った。
「お前、変なやつだな」
「私からすれば、あんたも十分変ですよ」
そんな会話をした後、二人は少し沈黙した。
「お前、名前は?」
「・・・天野星海、あんたは?」
「不知火一樹だ」
「・・・まぁ、別に自己紹介してもまた会うことなんて無いと思いますけどね」
星海は一樹に背を向けながらそう言った。
そのあとは、何事も無く二人は日常を謳歌して、二度と会うことはなかった。
あのあと出会った月子には、こんなことを言われた。
――目に見えるものだけが強さじゃない。どんなに喧嘩が強くても、心が強くない人は弱虫です――
今から思えば、星海も自分と同じ弱虫だったのかもしれない、と一樹は想うのだった。
☆★☆★☆★☆★☆★
「お前は、何であの時喧嘩なんてしてたんだ?」
「え・・・」
「お前には家族も居るし、友達だっていただろ?」
「・・・・・・・・・・・・」
星海は少し考えるように顔を俯ける。
しかし、その質問には応えず、静かに星海は言った。
「・・・きっと、私は一樹先輩以上に、弱虫なんですよ・・・」
もう星が輝く空を見ながらそういう星海を見て一樹が言った。
「俺達、似てるんだな・・・」
「・・・かもしれません」
そして、あのときのように沈黙し、しばらくそうして輝く空を見上げていた。
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