小説
羽の音
――神城翼にとっては最初の学校生活が幕をとじようとしていた。
空は、今までに見たことも無いほどに赤く染まっている。
いつもよりも少しばかりの疲労を感じながら、翼は帰路についていた。
いつもなら、家に帰る途中にしていたため息が、いつもよりも疲れているはずの今日に限って出なかった。
どうやら翼の身体は、今日はいい日だったのだと告げているようだった。
これも葵の影響なのか?と、胸の中で笑った。
ふいに葵の顔が浮かんだことに自分ではっ、とした。
そして、はっきりとさっき別れたばかりの優等生がかった少女を頭の中に浮かべる。
気がつけば、あの日から翼は葵のことばかり考えていた。
自分でも、そのことには気づいている。
そして、その理由も知っている。
――俺は、水無月のことが好きなんだ・・・
葵とであって、無意識に一目惚れした日から翼は葵にほのかな恋心を抱いていた。
この恋が一方通行なのは知っていた。
いや、思い込んでるだけかもしれないが、それは思い込まざるを得ないほど、残酷にそうなんだと告げていた。
水無月葵はこの学校で1,2を争うほどの美女で、頭もよく完璧な少女だった。
翼以外にも葵に恋心を抱いている男子生徒は多数いる。
――俺なんかが敵うはずが無い。
――この学校には俺なんかよりも二枚目が山ほどいる。
――なんせ、俺は頭がいいだけの凡人なんだからな・・・。
ふっ、と苦笑いをして、少し悲しくなった。
――そういえば水無月って、どんなやつが好みなんだろう・・・
考えても無駄なことも知っている。
しかし、考えられずにもいられなかった。
「あ゛ぁーっ!」
葵で頭がいっぱいになった。
少しでも薄れさせようと、頭をおもいきり掻いてみた。
そして、そのまま一気に力が抜けて頭と腕をだらんと下に降ろす。
しばらくそうしたあと、ふっ、と顔を上げた。
目の前にはもう自分が帰るべき家があった。
知らない間に着いていたのか、と思いながら、翼は玄関前の策をキィ、と押して庭に入り、ドアを開けてようやく玄関に入った。
靴を無造作に脱ぎ散らし、自分の部屋へ向かう階段の一段目に足をかけた。
「あ!お兄ちゃん、帰ったの?」
「ん・・・あぁ」
次の二段目に足をかけようとしたとたん居間から妹の声が聞こえ、足を止める。
妹は、居間からバタバタと走ってきた。
しかし、妹は階段に来ると思いきやそのまま通り過ぎ、さきほど翼が入ってきた玄関に目を向け、顔をムッとさせながら言った。
「ったく!また、靴脱ぎ散らかしてっ!子供じゃないんだから、ちゃんとしてよねっ!」
もうっ、と言うと妹――神城羽音はそそくさと靴を綺麗にそろえて、立ち止まったままの翼にバッ、と振り返った。
「な・・・なんだよ・・・」
いつもよりやけにキビキビとした羽音の一つ一つの動作に、翼は少しうろたえる。
「お兄ちゃん、今週の日曜、なんか用事ある?」
先ほどと同じように語気を強めて羽音はそう言った。
そして、思ってもいなかった羽音の質問に翼は返事におくれた。
「え?・・・ん、いや、なんもねぇけど・・・」
「じゃあ、ずっと家にいるのね!」
「まぁ・・・コンビニとかに行く用事が無ければ・・・」
「そう!よかった!」
まくし立てるようにそういう羽音の言葉に、翼は圧倒されていたが、そんな兄との顔とは対照的に、妹の方は満面の笑みを浮かべていた。
その笑顔の理由が、それほど知りたかったわけでもないが、一応聞いてみようと翼は口を開いた。
「なんか、あんのか?」
「ううん。私の友達が来るだけ」
それに、なぜ翼の所在確認が必要なのかまったくわからなかった。
しかし、羽音はそれだけ言うと、また走っていなくなってしまったのでこれ以上理由を聞くことは無かった。
翼は、意味がわからない、と言った表情で首をかしげ、再び階段を上っていく。
また、新たな恋が始ろうとしていることに気づかぬままま、翼は新しい一日に終止符を打つ。
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