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初恋メカニズム 上 (HQ:及日)
桜の花は散ってしまって華やかさに欠けたが、病院の窓から覗く裏庭は美しく手入れされていた。上から降り注ぐ光が大きな窓に反射して様々な色に姿を変えて消えていく。

及川は長い足を優雅に組んで、総合病院のロビーの長椅子に座っていた。出入口に視線を向けながら、時々疲れた目を休ませるように伏せる。
すると、ロビーに置いてある液晶テレビから最近世間を騒がしているニュースが流れ込んでくる。及川は釣られて顔を上げた。

『昨夜、仙台市××区××町で散歩途中だった齋藤武さん(44)が何者かに刺されるという事件がありました。この1ヶ月で仙台市内の同様の通り魔事件は4件発生しており、捜査本部は同一犯と見て捜査する方針です。なお、齋藤武さんは軽傷で命に別状はないとのことです』

画面の向こうでは少し頭頂部が涼しげなキャスターが犯行現場に×の印がついた地図を指し示し、事件の概要を説明している。及川が無表情で画面を眺めていると、すぐ傍から声がかかった。

「及川君」

振り向くと、短い金髪がナース服とアンバランスな若い看護婦がいた。及川は内心で彼女のことをモンローと呼んでいる。だからだろうか、彼女に会うと自動的に脳内で『あなたに愛されたいのに』がリピートされるようになった。


「久しぶりね、今日は誰かのお見舞い?」

「えぇ、ちょっと」

「そうなの。…あ、また今度、試合観に行くからね」

モンローはそう言って、わずかに首を傾げた。それはいっそ完璧な程に艶やかで可愛らしく男を誘う仕種だった。そんな所もマリリン・モンローそっくりだった。
ここに岩泉がいたらなと、残念に思う。あの初な幼馴染みはこの色っぽい看護婦に恋をしているのだから。彼女が試合を観に来る度に、岩泉が年相応にそわそわしていたのを思い出す。しかし、悲しいかな。彼女が観に来ているのはバレーでも岩泉でもなく、及川だった。そんなことくらいは及川も岩泉も察しているわけだが。

そもそも岩泉は安すぎると及川は苦笑いする。
練習で捻挫をした岩泉はこの病院を訪れた。彼女が処置を施した。お約束のように岩泉は彼女に恋をした。そして彼女は付き添いで来ていた及川に恋をした。そういうどうしようもない経緯があった。

『岩ちゃん、あの人のこと好きなの?やめといたら?』

モンローが応援に来た試合後に及川はそう促した。100%親切心だった。しかし岩泉はそんな及川の忠告を一蹴したのだ。

『うるせーな、ほっとけ』

頬を染めて噛みつく岩泉は直情的で好感の持てる男だった。そんな男に「あんな女やめておけ。いい尻をしているのは認めるが、白衣を着ているだけだ」とはさすがに言えなかったが、何か言いたそうにしている及川を察して岩泉が発した言葉を及川は今でもよく覚えている。

『お前は人を好きになったことがないから、そんなこと言えんだよ』

『え、それを俺に言う?』

自慢じゃないが、俺ほど付き合って別れてを繰り返している人間も珍しいと思うんだが。そう言うと岩泉は着替えの動きを止めて、及川の顔をまじまじと見返した。そして教師のように真摯な目で諭したのだ。

『それはちげぇよ。それは恋じゃないだろ、及川』

『はぁ?俺はそれなりに相手のこと好きだったけど?』

岩泉はやれやれという風に首を振った。岩泉はたまに及川と話しているとこの動作をする時があったが、それは決まって聡明な幼馴染みが何故か誰でもわかる簡単なことを解してない時だった。

『とにかく、それは恋じゃねぇんだよクソ川』

『じゃあ恋ってどんなのさ?』

子供のような質問に岩泉はちょっと考えた。ロッカーを指で何度か叩いて、彼なりに答えがまとまったのだろう。そうだな、と呟いてから答えた。

『及川。恋っていうのはなー…』

「ねぇ及川君?」

思考回路を現実に戻された。モンローが不思議そうな顔でこちらを見つめている。全く話を聞いていなかったが、とりあえず笑っておいた。笑顔とは便利なものなのだ。

「あ、いけない。私仕事中だったわ。もう行くわね」

「お疲れ様です。さよなら」

彼女がにこやかに笑って去っていく。その後ろ姿を見ながら、頼むからモンローウォークで帰ってくれないかなと勝手なことを及川は思うのだった。


踵を返して出口に向かう所で足を止めた。薄暗い陰鬱な廊下に、対照的に一際目立つ髪色をした少年が病院の見取り図の前でキョロキョロしていた。
及川は口角を上げた。足音を立てずにゆっくり近付くと、両手で勢い良く少年の肩を叩いた。

「わっ!!」

「びゃあ!!」

奇妙な声を上げて少年は数センチ飛び跳ねた。ばっと身体ごと後ろを振り向く。

「だっ…大王様!?」

及川は目を細めて、口元を緩めた。

「及川だよ、チビちゃん」
日向翔陽は目と同様に大きく開いた口を不満げに尖らせた。

「う…スミマセン…でもおれもチビじゃないですっ日向翔陽ですっ」

日向が憤慨する。

「ごめんごめん、翔ちゃん」

これで良いかい?という風に及川が首を傾げると日向は「翔ちゃん…」と腑に落ちない様子で唸っていたが、最終的に妥協したのか、首肯した。

その幼い姿は練習試合時、及川を戦慄させた人間と同一にはとてもじゃないが思えなかった。

「今日はどうしたの?烏野から、この病院て結構遠くない?」

「えっ…いや…えーと…お見舞いに来たんですけど…」

日向は落ち着かないように挙動不審に目を逸らして口ごもっていた。

「なんか事情があるみたいだね、深入りしてごめんね」

「えっいや、そんな!!謝らないで下さい!!」

歳上に謝られることに慣れてないのか、慌てる日向が突然「あっ」と何か思い付いたような声を上げ、そして今度はにっこり笑って、がしりと及川の腕を小さな身体で挟みこんだ。

「及川さんっ!!及川さんもお見舞いに付き合って下さいっ!!」

及川はぎょっとした。

「えー…冗談じゃないよ、相手が美人ならともかくさ」

しかし日向は及川の発言に侵害だとばかりに鼻を膨らませた。

「何言ってるんですか、及川さん」

そして心底面白そうにニヤリと笑ったのだ。

「絶世の美女ですよ」

「しょうがないね、行こうか」

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