― あやり ―
1
***
「フィリオル家にいたものはすべて捕らえました。神官による審議の結果、あの者はやはり、真の王ではありません。」
アレスのその言葉に誰より安心したのはヨルだった。
昨晩、ヨルたちはフィリオル家に奇襲をかけた。
国王の兵が来ることを少しも予想もしていなかったのか、フィリオル・ダダ1時間も経たぬうちに捕えることができた。
もちろんヨルはそのとき先陣をきって指揮をとった。
黒魔獣が表れたときは、ヨル自らが殺すつもりで。
多くの者は神のしもべと言われる黒魔獣の殺生を『罪』ととらえる。
その『罪』を誰かにかぶらせるつもりはなかった。
神に呪われるのは自分ひとりでいい。
ヨルはそう決意をしていた。
だが、ヨルの予想に反してフィリオルを捕らえたというのに黒魔獣は一向に姿を現わさなかった。
ヨルはフィリオル・ダダがその存在を隠していると考え、黒魔獣の捜索を命じた。
黒魔獣がみつかったと報告を受けたのはフィリオル・ダダが捕らえてから1時間後のことだ。
黒魔獣のいた小屋はフィリオル家の敷地の外にあったたため見つからなかったのだ。
黒魔獣がなぜ、出てこなかったのか、それは単純に黒魔獣を出す間もなく捕らえられてしまったからなのだろう。
報告を受け、ヨルが急ぎかけつけたときにはすでにディルにより攻撃を受け黒魔獣は虫の息だった。
ディルやハルキはヨルと同じように自分のことより国を一番に考える者たちだ。
『罪』を被ることにためらいわない。
もっとも、ディルは少しやけどを負わせるつもりで先制攻撃をしかけたのだろう。
まさか、黒魔獣がすでに瀕死の状態だったなんて想像していなかったに違いない。
瀕死の状態の最強の獣。
もし、そこに猫がいなければ、ヨル自らそこで黒魔獣を殺そしていたはずだ。
そう……猫がいた。
黒魔獣をかばう猫…
信託のこともあったが、
状況的に考えてもふつうの猫には思えなかった。
その猫がかばっている黒魔獣を殺してはいけない。
ヨルはそのとき直感でそう感じた。
だからハルキが黒魔獣を殺そうとしたとき、ヨルは本当に肝が冷えたのだ。
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