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― あやり ―
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「あやり」

ふいに名前を呼ばれた。
気がつけば、へーかが後ろに立っていた。

「今夜は冷える。風邪をひくぞ。」
『にゃあ(へーか…)』

月明かりにさらされたへーかはとても幻想的できれいで…なんと言ったらいいかわからないけれど、とにかくおれは目を離せなくなった。

一方、へーかも目を細めておれをみつめていた。

へーかもまた、同じことを思っているなんて知らないまま、しばらく見つめ合っていれば、ふいにへーかはふっと口元を緩めた。

「最初の王は神秘的な姿に惹かれたのだろうか。」

何を言い出したのかわからなかった。

「いや、それだけじゃないか。おそらく、最初の王も他人を想う優しさ、純潔さに惹かれたのだろうな。」

『うにゃ?(へーか?)』

どこかひとりで納得したようなへーかはどうやら俺に話しかけていたわけでななかったらしい。

首を傾げていれば、へーかが手すりまでやってきて、そこに肘を置いた。

そしておれの顔を覗き込んできたと思えば、顎をくすぐるようになでられた。
すぐにごろごろならしてしまうのは、へーかの魔法の手のせいだ。

「勝手に結婚のこと決めて悪かった。最初の王のときのようにあやりは王と結婚する。それが当然だとみな思い込んでいた。あやりにも選ぶ権利はあったというのにな。」

へーかはどこか苦しそうに顔をゆがめた。

もしかしたら、へーかはおれが結婚をしたくなくて奇声を発したと思ったのかもしれない。

へーか…そうじゃないよ。

おれのことはどうだっていいんだ。
だって、おれはへーかのことが好きで、結婚すること自体嫌なわけじゃないから。

でもへーかは…
へーかはほんとうに、それでいいの?
猫であるおれなんかと結婚して、幸せになれるの?

そうだ、おれ、へーかに幸せになってほしいんだ。
おれはへーかと結婚したらきっと幸せになれる。

だけどへーかは?
おれと結婚して幸せになれる?

そう問いかけたいけれども問いかけれない。
おれの言葉は伝わらないから。

『にゃう…(へーか…)』

へーかに呼びかければ、へーかは目元を緩め、それから、優しく頭や体を撫でてくれた。

ほんと好き。
大好き。

胸がぎゅうぎゅう締め付けて、
そんな気持ちが溢れてくる。

「おれはそれでもお前を手放せない。お前が困るとわかっていてもだ。」

ふえ?
それ、どういう…


「あやりを愛している。」

え?

「それが猫の姿だろうと関係ない。不思議なんだが、それでもあやりを愛おしいと思う。」

へーかの手が頬をすべった。


信じられなくて、目をみひらいてへーかの顔を凝視してしまう。

それ、ほんと?

ほんとうに、ほんと?

おれ、猫だよ?

これ、夢じゃない?

へーかがおれの顔を両手ではさんだ。
そして、へーかの顔が近づいてきて、おれの額に額をぶつける。

へーかの顔が近いぉ…。

顔が熱くなる。

だけど、それが夢じゃないと教えてくれる。

きっとへーかには今おれが真っ赤になっていることなんて、わからないのだろうけれど。


「どうか、ずっと俺のそばにいてほしい。」

心臓が爆発しそうになった。

こ、こ、これって…


プ、プ、プロ…

『にゃ、にゃあ…。(は、はい)』

思わず返事をしていた。
へーかもその答えがわかったのか、ふわりとほほ笑んだ。

その優しい微笑みに、次は心臓が爆発した。


しぬ!

おれ、しんじゃうっ!!


本当なら、転げまわってのたうちまわりたい。


おれ、このまま死んでもいいかも…


一瞬、天国が見えたところで、へーかはさらにおれの心臓に爆弾を投下した。


「あやりが猫の姿でよかった。もしお前が人間の姿ならば、おれは今頃お前を抱きつぶしている。」


ふえ?

それって…どういう…


「体が冷えてきたな。中に入ろう。」


おれはカチンコチンに固まったまま、へーかに抱えられた。
そのままベッドの中に連れてこられたのだけれど、おれはやっぱり眠れなかった。

それはさっきと理由が違う。

おれはへーかの最後の言葉を思い出して、一晩中体を熱くしているのだった。


***

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あきゅろす。
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