― あやり ―
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2頭ともおれを頑なに止めようとしていたときと雰囲気が変わっていた。
『クロさん、シロちゃん…?』
戸惑った声で名前を呼べば、クロさんが地面に下ろしてくれた。
だからおれは改めて向き直り、2頭の大きな獣を見上げる。
『もしあやりが人間の王と離れる選択をとるならば、我らは今すぐここからあやりを連れ出そう。』
『だけど、あやりが人間の王とともに生きる選択をするならばぼくたちは今こそ力を貸そう。』
『え…』
どうして…?
どうして、そんなにまでおれに尽くしてくれるの?
クロさんもシロちゃんもおれをみる瞳がすごく、すごく優しかった。
『我らはあやりが誰のもとで一番幸せを感じているのかを知っている。仮にここを離れたとして我らではあやりを幸せにしてやれることはできないだろう。』
『僕らはあやりが愛おしい。だからあやりが一番幸せになる場所へ行ってほしいんだ。そうすれば、僕らも幸せだから。』
『クロさんシロちゃん…』
なんて優しい獣たちなのだろう。
この2頭の言葉には愛が溢れている。
無償の愛ってこういうことをいうのかな…。
それなのに、どうして人間たちはこんな優しい獣たちにひどいことをするのだろうか。
…うぅん、他人のことは今は関係ない。
おれは、なんでこの優しい獣たちに何も与えてやれないのだろうか。
おれが辛いときはいつも助けてくれた。
おれが危ないときは、いつも守ってくれる。
苦しいときにはいつだってその暖かな毛をかしてくれたし、寂しいときはいつもそばにいて慰めてくれた。
クロさんもシロちゃんもたくさんたくさんおれに与えてくれたのに、おれは未だ何ひとつ返せてないんだ。
なんで、おれ自分のことしか考えていなかったんだろう…。
クロさんとシロちゃんのやさしさに甘えてばかりで
…自分勝手なことばかり言ってる。
そんな自分がすごく恥ずかしかった。
大好きな大好きなクロさんとシロちゃん。
2頭の獣たちはおれの家族といっても差支えない。
ほんとうに大切で愛おしいんだ。
2頭(ふたり)のためならおれはなんだってできるよ。
ねぇ、クロさん、シロちゃん、
どうしたら2頭(ふたり)に恩返しできる…?
……っ!
そのとき、ふいに閃いた。
神子は動物と心を通わせる存在だと、誰かが言っていた。
おれは動物と心を通わせることはできないから神子にはなれない。
けれども、獣さんたちと心を通わせることができる。
おれが猫になってわかったことことは、獣さんたちが人間に脅かされているということ。
そして、へーかのように獣さんたちを守ろうとする人間はいるけれども、彼らは獣さんたちと意思疎通できないから、獣さんたちを本当の意味で守りきれていない。
それなら、おれがへーかに獣さんたちのことを教えてあげたらいいのではないのかな…?
そうすれば、へーかだって助かるだろうし、獣さんたちを守ることにもつながるような気がするんだぉ。
つまり、人間と獣とのパイプ役ってことかな。
おれはそれになりたいって今すごく思った。
この役は獣さんの言葉を理解するおれにしかできないものではないのだろうか…。
そして、それが、この優しい獣たちにおれがしてあげられる唯一のことじゃない?
ふいに心に沸いた想いだったけれども、
それが、この異世界にきた意味であるような気もした。
『あやりはどうしたい?』
再度、シロちゃんに問われ、おれはゆっくり口を開く。
『おれ…』
おれは未だに人間に戻れるのかわからない。
だけど、へーかのもとにいれば、猫であったとしてもそれができる気がするんだぉ。
『おれは…』
たとえ、目の前でへーかと転入生が結ばれたとしても…。
心を落ち着けるためにゆっくり息を吸って、吐き出した。
それとともに決意を胸に抱く。
『おれ、ここにいる。へーかのもとへ行くよ。』
だから、おれに力を貸してくれる?
そうクロさんとシロちゃんにお願いした。
これはけして感情でものを言ったのではない。
きちんと考えて、そして吐き出した言葉だよ。
2頭(ふたり)にその覚悟が伝わるように、真摯な態度でその目をまっすぐみつめる。
すると、クロさんとシロちゃんが口元をつりあげたような気がした。
『ようやく自覚したのか?』
『ふえ?』
自覚ってなんのこと?
『えっと…?おれはクロさんとシロちゃんが幸せであることもおれの幸せにつながるからと思って…』
そのときクロさんとシロちゃんがなぜだか盛大なため息を吐き出した。
うえ?
なんで??
おれ、そんなため息を吐き出されるようなこと言った??
おれが頭を捻っていれば、
『ここまでくると、いっそ哀れに思えてくるよ。』
『…人間の王はこれから苦労しそうだ。』
2頭に同情的な目を向けられた。
うええ??
ど、どういうことぉぉぉ?
てか、へーかの話がなぜここで出てくるの??
『……とりあえず、理由がどうあれ、ここに残ると決めたんだ。やれるだけのことをやる。』
『うえ…でも…』
『あやり、今は時間がないからこの話はまたあとでだよ。』
『う、うん…』
なんだか、納得できなかったけれども、シロちゃんの言うとおり今すぐ話さなくてはいけないことではなかったので、おれはとりあえず頷くことにした。
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