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誇りを胸に掲げて
危機と絵本と金髪と

――――まずい。

非常にまずい。

私は目の前のかごに書かれた文字と睨めっこする。


まさか、

―――――文字が読めないなんて。

―――――――――
―――――

私はお母さんとともに珍しく町にきていた。

新作商品のための買い出しがメインだ。
こうして町に下りるのはあまりないらしく、事実、私がこの世界に来てからは初めてだった。

それにしても、
―――・・・まずいなぁ。

実際、トリップした時は危惧していたが、ここ最近すっかり忘れていた。


というか、この世界は書物が割と高価なため、私みたいないち庶民にはなかなか手に入らないのだ。

文明的に周囲に文字が少なく、町の外れに住んでいたため、気づくのが遅くなった。

しかし、曲がりなりにも5才。

いくら成長が遅くてもそろそろ文字の読み書きが出来ていないと怪しまれる時期だ。

どうにかしなければ。

落ち着け私。

見た目は子供、
頭脳は大人、

その名は・・・な某名探偵と同じ状態だ。

曲がりなりにも20代。

言語をひとつ覚えるなんてこと、簡単に出来るはず。

文字をよく見ると、カタカナを逆さまにしたような形らしい。

―――これなら、イケるかもしれない・・・!!

『おかあさん、これなあに?』

取り合えず、かごに文字が書いてあり、見た目からでも名前がわかりそうなものを指差し聞いてみた。


自力で読んでみると、

――"オ レ ン ジ"

「なに・・・って、それはオレンジでしょう?忘れちゃったの?」

『あ、そうだったっけ。わすれてたー。』

―――――よし!!

イケる、読める!

長文じゃなければ、スラスラとイケる!


私はその後も良さそうなものを見つけては質問をし、確実に経験値を上げていった。

――――――――
―――――

そんなこんなで買い出しを終えた次の日。


私は町に降り、あまり人気のなさそうな砂地の場所を探した。

もちろん、字を練習するためである。

家で字の練習をするのは少し気が引けたし、練習するだけなのにノートに書くのはもったいない。(貧乏性というかなんというか)

手頃そうな棒を途中で拾い、棒を手に歩く。


すると、住宅街の一角に少し開けた場所を見つける。良く見ると、砂地で棒で字も書けそうだ。

お、いいんじゃないか・・・?

嬉しくなり、少し駆け足になる。

暖かな太陽の光りがあたるそこは人気もなく、都合のの良い場所だった。
また、木陰もあるため、休憩もしやすい。


手を広げ、伸びをする。

『―――っよし!!』

その日から、私の特訓が始まった。


――――――――
―――――


砂地の地面を枝がガリガリと削っていく。

『"オ・レ・ン・ジ"、"ブ・ド・ウ"・・・。』


初めはとにかく町で見た文字を書いていった。
カタカナという文字を既にしっているというのは、少し厄介だった。

なぜなら、カタカナという文字にすでに慣れ親しんでしまっていたため、逆さまであることに違和感を拭うことが出来なかったからだ。まったく、ずいぶんと苦戦した。

とにかく、体に染み込ませるように同じ言葉を何回も書いた。

初めは楽しかったが、繰り返し同じ言葉を練習するというのは実に辛かった。

というか、あの後市場など町に下りることがなかったため、それ以上の学習をするには情報が足りなかったのだ。

どうやらこの体の持ち主は本があまり好きではなかったらしく、家に絵本のようなものはなかった。

いきなり活字ばかりのものを読むわけにはいかず、(両親に驚かれるし、そもそも読めない。)結局繰り返し知っている言葉を練習するしかなかった。

『えほん、どこかにないかな・・・。』

木陰で一息つきながらそらを仰ぎ、つぶやく。


―――その時だった。

砂を踏み締める音。

「ね、ねぇ。」

背後から声がし、勢いよく振り返る。

「・・・いっしょに、ごほんよみませんか・・・?」


そこには、エレンと同じくらいの背丈で、本を抱えた、金髪で、丸みを帯びた鼻と大きな目が特徴的な男の子がいた。

―――まさか。

その子は私の知る姿よりずっと幼いが、面影があった。

それにしても、彼の手には絵本らしきもの。これはおもってもみない申し出だ。
『・・・うん!いいよ。』

そう言って、手招きをし、自分の横をポンポンと軽く叩いた。

その意が通じて、男の子は私の隣に腰をおろす。
・・・少し離れてるけど。

『わたしのなまえはアルト・ハイデリヒ。きみのなまえは?』


私が質問したことで一度こちらを向いたが、さらに俯いてしまい、胸に抱えた本をぎゅうっと握りしめている。

「ぼ、ぼくは・・・アルミン。アルミン・アルレルト。」

金色の髪から覗く耳が真っ赤に染まっているのをみて、少しおかしくなる。

・・・なんでこうもこの世界の子供は可愛いのだろうか。

この世界の子供の愛くるしさ、人懐っこさは今の日本ではあまり見られないものだった。
そして、人も温かく、人と人との間にしっかりとした信頼関係がある。


それを感じることが出来たのは、今の両親がそういう人間関係を築いてきたからであろう。

改めて感謝しなければならない。


『そう、アルミン、か。すてきななまえだね。』

「・・・おじいちゃんがつけてくれたんだ。」


その声は嬉しさからか、少し弾んでいて。

そのあと私が質問することで少しずつ緊張がほぐれたのか、普通に話せるようになった。


『ほんはすき?』
「うんっ!!おじいちゃんにはないしょだけど、かべのそとについてかいてあるごほんがいちばんすき!」
目を輝かせて、熱く語る彼の顔は少し紅潮していて。
愛おしく思うと同時に、本当にこの世界は壁を隔てた向こうの世界を、人類は見ることはおろか夢見ることすら許されないという現実に悲しみを覚えた。

『・・・いつか、じゆうにかべのそとにいけたらいいね。』

「・・・うん!」


こんな台詞、気休めにしかならない、なんてことはわかっている。

だけど、壁の外へ期待に胸を膨らませている子に現実を、これからの未来を教えられるほど、私は大人でも、ましてやそんな勇気も持ち合わせてはいない。


『おとうさんとおかあさんは?』

「ぼくのおとうさんとおかあさんはすごいんだ!かべのそとで、"ひこうじっけん"っていうのをやってるんだよ!!」

『ひこう・・・じっけん・・・?』


この時代に、そらを飛ぶ、なんてそんなことを夢見ていた人間が存在した・・・?
たしかに、今のこの世界の技術でも、気球ぐらいなら発明できるかもしれない。
でも、壁の外で実験なんて、死ぬ危険性の方が高いんじゃないか・・・?

「いまもおとうさんとおかあさんはかべのそとにいってるんだ。ずっとかえってこないけど、でも、ぼくはおじいちゃんがいるからさびしくないんだよ。」

彼はまっすぐ前を見て言った。だけどその言葉にはどこか自分に言い聞かせるような響きがあった。

手で拳をぎゅっとにぎり、なにかを堪えているような仕種は、本当に愛おしかった。

『あなたはつよいこだよ。きっと、おとうさんもおかあさんもほめてくれる。』
アルミンの頭を二回ポンポンと軽く撫でる。

「そ、そうかな・・・っ?ぼく、おとうさんとおかあさんにきらわれてないかな・・・?」

涙を流し、拭いながらも前を向き、私に質問する姿は彼が男の子であると同時に、まだ3歳であることを思い出ささせた。

『もちろん。あなたはおとうさんとおかあさんにちゃんとあいされてるよ。』

頭をなでながら、やさしく答えた。

「・・・うんっ!!アルトおねぇちゃんありがとう!」

大きく頷き、そして私に笑顔を向けてくれた。

その笑顔は、本当に輝いていた。


確かに、今彼の両親がなにをしていて、どうなっているのか気になる。
少なくとも、彼の両親はあの運命の日の前に亡くなってしまっているはずだ。
それがいつであるかはしらないけれど、こうして知り合った以上、せめて、彼が悲しみに暮れるときに支えてあげたいと思った。


町に鐘の音が響く。
知らぬまに辺りはオレンジ色の光に照らされていた。

『・・・そろそろかえらなくちゃね。』

「・・・そうだね。えほん、よめなかった・・・。」

彼が胸に抱いた本をじっとみながら答えた。

『でも、わたしはたのしかったよ?アルミンは、たのしくなかった?』

俯いたアルミンの顔を覗きながら質問する。
するとばっと俯いていた顔をあげ、頬を紅潮させながら答えた。

「ぼ、ぼくも、とてもたのしかった・・・!!」

『よかった。・・・じゃあ、そろそろかえらないと。』
踵をかえし、来た道を戻ろうとした。しかし、服の裾を何かに引っ張られ、歩みを止める。

「また、あそべるよね・・・?」

私はにっこり笑い答えた。
『・・・もちろん!』


上目遣いはやばいって!鼻血が出そうだ!

少し走りながら進み、振り返って手を振る。

『じゃあ、またあした!』

私の言葉にはっと顔をあげ、そして、大きく手を振ってくれた。

「またあしたー!!」



さて、明日はうちのパンでも持っていこうかな。

そんなことを考えながら家路についた。







――――数日後

『きょうはジャムいりだよ!』

「やったあ!!」


・・・きっと餌付けじゃないはず。




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