4000hit 売り言葉に買い言葉 「ありがとう。すごく、うれしい。」 朦朧とした意識の底。名前の声が聞こえてくる。重い瞼をこじ開ければ、自身のハンガーにかかった赤いネクタイ―この色はあまり好きになれない。派手だし、何より血の色みたいだから―、カーキーの特刑制服。小窓から射し込む些か強過ぎる陽射しに思わず顔をしかめた。 「でも、ごめんなさい…」 ベッドの中で小さくのび。枕のすぐ隣に置いた腕時計に目をやる。 午前6時42分。 3時間程眠りの世界へ旅立っていたらしい。仮眠なら充分。 「いや、こちらこそきいてくれてありがとう。」 欠伸を一つ。 そろそろ起きてやらないこともない。 2、3回程瞬きを繰り返す。と、真っ白なカーテンの隙間から、まだ私服の―恐らく特刑隊員の―男と名前がなにやら会話をしている様子が見えた。 またやってる…… いつまでもこの心地良いベッドに身を置くわけにはいかない。 小さな決意を胸にベッドから這い出す。 パタン と扉の閉まる音。どうやら、男は出て行ったようだ。 「おはよう。」 ビクッと震える小さな肩。そんなにびっくりしなくてもいいのに。 「上條さん?おはようございます。」 「うん。おはよう」 「仮眠…ですよね?でしたら、仮眠室へどうぞ、」 「仮眠室のベッド、硬いの。」 あ、ため息。ムカつく。 あの痛みを知らないのかな。 「怪我人がきたら困るでしょう?」 「この法務省内でどれだけの怪我ができるっていうのさ。」 ここは医務室。特刑専属のね。 でも、実際任務中に怪我をしたら法務省なんかに運ばず、即病院だ。ここに来る人は、法務省に戻る余裕があると判断された人、つまり軽傷の人しか来ない。 そんな状態だから、ベッドが全て埋まってる なんてこと有り得ない。 「…相変わらず、口の減らないこと!」 「名前こそ相変わらずでしょう?」 にこりと微笑んでみせる。 朝から何やってるんだか…。自分でも呆れちゃうけどね。 売り言葉に 買い言葉 言わずにはいられない。だって、ねぇ? [次へ#] [戻る] |