小説(※二次中心)
第6話〜強さ 儚さ 弱さ〜
アウルとFW陣との模擬戦を終え、既に3日が過ぎた。
アウルは、その後フェイト執務官率いる『ライトニング分隊』へと正式に配属。
しかし、彼はFW陣の訓練に参加することはなく、主に様々なデスクワークを業務としてこなしている。
「――っと。もうこんな時間か」
[昼食にしたら如何ですか?休憩も大事な業務の一つですよ]
独り言に言葉を返すタスラムに促され、彼は座っていた椅子から立ち上がる。
モニターと長く付き合っていたアウルは、固くなった背を伸ばし、大きく息を吐いた。
「それもそうか。…昼食を取る事にするよ」
[賢明かと]
消していなかったモニターを操作し、閉じる。
そうして、彼は自室を後にしたのであった。
食堂は、殆どの席を隊員達に占領されていた。
当然である。今は昼食の時間帯なのだから。
皆、午前の業務を終え、午後からの英気を養う為に食事を楽しんでいるようだ。
勿論、アウルとて同じ。
サンドイッチと紅茶の載ったトレイを手にして、自身の座る席を探していた。
「あそこがいいか…」
彼の目についたのは、窓際の日だまりの中にある、2人掛けのテーブル。
ゆっくりと歩みを進め、白いテーブルにトレイを起き、静かに腰掛ける。
そして、そのまま静かに昼食を取り始めた。
彼は元から少食である。と言うのも、アウルが狙撃手である事に起因していた。
狙撃手は、対象が現れるまで、狙撃位置で待機する事が原則とされている。
その間、食事をすることも水分を取ることも ままならない。
必然的に、彼は食事量が少なくとも、長く持つ肉体に変わっていったのだった。
その為、アウルの食事量は総じて少なめである。
実際、これだけの量でも半日は持つ。
だが、機動六課に来てからというもの、FW陣始め、隊員の食事量が多い事から、触発されたというか、少しずつ食べる量が増え始めていたのである。
タスラムは、そんなアウルの変化に、少し嬉しさを覚えていた。
サンドイッチを2切れ食べ終え、後1切れを残すだけとなった時。
「相席ええかな、アウル君」
「です!」
「はやて部隊長、リィンフォースU空曹長」
トレイを持ったはやてと、その肩に座る融合騎が彼に声を掛けた。
「ごめんな、ゆっくりしてたのに」
「い、いえ。こちらこそ気が利かずに申し訳ありませんでした」
「はやてちゃんの捜し物が長引いたんです〜」
楽しそうに会話しているはやてとリィン。
だが、アウルはガチガチに固まっている。
当然だ。
何せ目の前には機動六課の最高責任者たる八神はやてと、そのパートナーのリィンフォースUがいるのだから。
それこそ、気が休まる訳が無い。
内心冷や汗をかいているアウルを他所に、タスラムはガチガチの主を楽しそうに観察していた。
それは、どこにでも見られる、ごくありふれた日常の風景。
穏やかな昼下がりの1コマ。
だが、その雰囲気は前触れなく崩れ去るとは、アウルは想像もしていなかった。
楽しげに笑っていたはやてが、ふと思い出した様に口にした一言によって。
「なぁ、アウル君。一つ聞いてもええかな?」
「何でしょう」
「『エンフォーサー』って、何の事なん?」
「……ッ!」
[な……ッ!]
その言葉を聞いた瞬間、彼の表情が凍り付いた。
タスラムすら、軽口を叩かずに黙り込んでしまう。
はやてには、アウルを困らせようという考えなど微塵もない。
ただ、純粋たる興味本位からなる質問に他ならなかった。
しかし、いざ質問してみるとこの反応。
質問した本人も、不穏な空気を感じ、口を閉ざしてしまった。
あのリィンですら、オロオロとうろたえている状態である。
そして、このままこの沈黙が、永遠に続くかと思われたが。
[……八神はやて、それは何処で知ったのですか……?]
呆然としたタスラムの声に、沈黙を保ち続けた時間が解放される。
「えーと、確かアウルさんのデータを見ていて、細かい部分に目を通していたら、書いてあったんです」
返答の主はリィン。どうやら、アウルのデータを隅々まで見ていた時に目についたらしい。
アウルは2人の眼を見つめた。
舒に、アウルは手にしていた紅茶のカップをソーサーに置き、溜息を軽く吐いた。
そして、静かに動かされた口唇から、言の葉が紡がれる。
「…わかりました。お話します」
[主!!]
「いいんだ、タスラム。いずれ分かる事さ」
[……了解しました]
タスラムは、そのまま静かになった。
再び静寂に包まれる空間。
それを断ち切る様に、アウルは話し出す。
「それは、私のコードネームですよ」
「……コードネーム?」
「ですか?」
想定していた答えと違ったのだろう、はやてとリィンは同じ様に首を傾げた。
「…二つ名のようなものです」
彼の表情は、今だに固い。
それを見兼ねたのか、タスラムがはやて達の前にディスプレイを表示させる。
「タスラム…?」
[主、無理をしないで下さい]
訝しむアウルだったが、タスラムの言葉にその真意を理解したのだろう。
ただ一言、彼は「すまない、ありがとう」と呟き、はやて達を見つめた。
はやてとリィンは、モニターの内容を黙々と読み続ける。
その表情は少しずつ険しくなり、最終的には、愕然のそれとなった。
三度の沈黙が襲う。
少しずつ、食堂にいた職員も、持ち場へと戻りつつある中、彼らのいる一角だけ、時間から切り離されたようだ。
この沈黙は、はやての絞り出すような声で破られることとなった。
「……なんでなん」
聞き取れたのは、アウルとタスラム、そしてリィンのみ。
だが、それだけで十分。
アウルはその双眼を閉じ、ただ次の言葉を待つ。
「何で、こんな……!」
「はやてちゃん…」
それは悲痛な叫び。
よく見れば、彼女の肩は小さく震えていた。
リィンはその様子を、ただ見ているしかなく。
「何で!?何でアウル君が、そんな…!!」
今度の言葉は、食堂にまばらに残った局員にも聞こえるほど大きな声だった。
はやて自身、それは自然と零れたものであったが、驚くほど大きな声である。
だが、アウルは冷淡に言い放つ。
「からっぽだからさ。私は……」
「……え?」
それは、憐憫と嘲笑の顕れ。
自らに対する卑下の言葉。
はやては顔を上げ、アウルの顔に視線を移す。
そこには、世界の闇全てを表し出したかのような、光すら映らない漆黒の瞳があった。
果てしなく黒く、自らの意思も、言葉も、存在すらも呑まれ果てそうな、純粋なまでの黒が。
その瞳に見据えられ、はやては言葉を失う。
リィンも、アウルの纏う威圧感に小さな悲鳴を上げ、はやての陰へと隠れた。
「……そろそろよろしいでしょうか?」
事の成り行きを見守っていた局員のことなど気に止める様子もなく、アウルは席から立ち上がった。
弾かれる様に正気を取り戻したはやては、慌ててこう口にする。
「からっぽなんて言わせへん。…もし、アウル君がからっぽ言うんやったら――」
はやては強く拳を握りしめ、決意の灯った瞳をアウルに向けた。
そして、宣言する。
「――そのからっぽのアウル君を、機動六課の皆で満たしたる!!」
「リィンも頑張るです!」
予想外の言葉に、アウルは豆鉄砲を喰らったハトの様に、毒気を抜かれた表情を浮かべるが、すぐに笑みに変わる。
先程の凍てつくような冷淡さは無い、優しい笑みを。
「……期待してるよ。はやて部隊長」
慈愛に満ち溢れたその微笑みは、見る者を魅了するには十分過ぎる威力であり。
「……ッ///」
はやては顔を真っ赤に染めたのだった。
悠々と立ち去るアウルを、ただじっと見ているはやては、彼の姿が見えなくなってから、こう呟いた。
「…不意打ちなんて、卑怯や」
[主、よろしかったのですか?]
自室へ戻る道程で、タスラムがアウルに問い掛けた。
アウルの歩みは軽く、表情もいつもより晴々しているようだ。
「いずれ分かることさ。早いか遅いか、それだけの差でしかない」
[…変わりましたね、主]
それは、タスラムの率直な感想だった。
アウルは、『エンフォーサー』に関する全てが嫌であった。
自分から進んで話すなど有り得ず、聞かれても返答しない事がざらであった。
しかし、彼は八神はやてに真実を告げたのである。
タスラムからすれば、それは正に驚天動地の出来事。
しかも、知り合って間もない人間と来れば、尚更の事。
それを踏まえ、タスラムは主に問う。
[一体、どんな風の吹きまわしで?]
アウルは、再び微笑む。
先程の、全てを魅了するような慈愛の笑みを。
「簡単さ。私は、“アウル・アパレシオン”なのだから」
[…やはり、貴方と言う人間が解りませんよ]
呆れた物言いのタスラムだが、その言葉には、心なしか喜びが含まれているようだった。
時は過ぎ、時刻は午後9時から少し経った頃。
夜の帳の中、1人の少女が身体を動かしていた。
「フッ、ハッ!そこッ!」
オレンジ色の髪を揺らし、周囲に浮くスフィアにデバイスを向け、反射力と判断力の訓練に汗を流す少女が、月夜の下で舞う。
彼女、ティアナ・ランスターの目標はただ一つ。
「…強くなるんだ」
右斜め上方のスフィアにデバイスを向ける。
「ランスターの弾丸は、」
すぐに左下方のスフィアが点滅し、そこにクロスミラージュを構えた。
「――全てを貫けると証明するために…!」
「自主トレーニングか、ティアナ二等陸士」
前方のスフィアにデバイスを向けた瞬間、男の声が聞こえて来た。
訓練する手を止め、ゆっくりと振り向いた先には、
「――……アパレシオン二等陸尉」
先日、ティアナ自身を完膚なきまでに圧倒した白髪の青年がいた。
「それもいいが、休息も効果的な訓練だぞ」
「ご忠告、ありがとうございます」
彼女の気持ちを知ってか知らずか。
いずれにせよ、アウルの言葉は皮肉にしか捉えられなかった様だ。
再びティアナは、反復訓練へと意識を移す。
「ですが、私は凡人ですから」
努力しなければ、強くなることなんて出来せません、と。
それはティアナの心からの言葉だった。
アウルは、そんなティアナの様子を見て、小さく呟く。
「……当に、ティ……そっくり……」
ティアナには聞き取れず、タスラムにも殆ど聞こえなかった。
それでもタスラムは理解した。アウルの感情を。
「…才能はあるんだ。焦る必要はない筈だぞ」
「……ッ!」
率直な意見を述べたアウルだったが、その言葉を聞いた瞬間、彼女の表情が一変する。
そして――
「貴方に何が分かるんですか!」
感情が、爆発する。
怒りに満ちた声を上げ、アウルを睨み付けるティアナ。
その表情は鬼気迫るものであり、アウルの記憶の中にいるある青年と被る。
自分の道を信じ、最期まで貫き通し、命を散らせた青年のものと。
「希少技能も保有魔力も少ない!隊長達とは違う、凡人なんですよ!」
悲痛な叫び。
心の中で、誰に言える訳でも無いそれを、目の前の少女はどれだけ抱え込み、溜め込んでいたのだろうと、アウルは思案する。
分かってはいたのだ。
彼女が、強さを求める事に異常なまでの執着がある事を。
だからこそ知りたかった。
青年が、亡き親友との約束を果たすために。
「兄の、お兄ちゃんの無念を晴らす為にも!」
「…1つ聴かせて欲しい」
涙目になりながらも、思いをぶつけるティアナに、彼は静かに問い掛ける。
「力を手に入れ、強くなり、一体どうする?」
「そんなの決まっているじゃないですか!ランスターを馬鹿にした人を見返すんです!」
決意の満ちた瞳。だが、その瞳を彼は知っている。
「……忠告しておこう、ティアナ二等陸士」
右手を近場の石に載せ、彼はしばし言葉を止めた。
少しして、彼は再び言葉を続ける。
「今の君は、六課の誰よりも弱い」
「……ッ!」
「そして。――誰よりも強い」
「―……え?」
アウルの口から放たれた言葉。
それは大きな矛盾を孕んでいた。
誰よりも弱く、誰よりも強い。
ティアナには、意味が理解出来なかった。
「…どうすれば良いんですか」
だから彼女は、アウルに聞くしかなかった。
強くなるために。
証明するために。
「私は…!強くなりたいんです!」
無能なんかじゃないと、役立たずなんかじゃないと。
兄から学んだ魔法は、無力ではないと。
証明するために。
彼女は、力を求める。
「……力を持つ者の、覚悟と責任」
アウルは、ゆっくりと答えた。
「それを理解するんだ。ティアナ二等陸士」
ティアナに二の句も告げさせず、青年は隊舎へと戻って行く。
「早く休むんだぞ」
と、背を向けたまま声をかけて。
Side タスラム
とことん主は損な役回りです。
自ら憎まれ役を選び過ぎではないでしょうか。
ですが、それでこそ私の主たる人物です。
誰も扱えない試作デバイスである私を選んでくれた、変わり者ですから。
「覚悟と、責任……」
ランスター二等陸士が、地面に座り込んで考えています。
主の言葉は回りくどい。
それ故に、考えなければならない。
外ならぬ本人のためですけれど。
私は、ランスター二等陸士に声を掛ける事にしました。
[悩んでいる様ですね、ランスター二等陸士]
「だ、誰!?」
案の定、ランスター二等陸士は慌てて周囲を見渡しました。
主が姿を消して、自分しかいないと思ったのでしょう。
[貴女から見て、2m前方の石の上です]
「石?…あ、これ……」
どうやら見付けたらしいですね。
私は石の上からランスター二等陸士の掌に収まりました。
[主は私を忘れて行った様で]
無論、こうなると予測した上での行動でしょうけど。
[…主の言葉、難しいですか?]
「正直、ちんぷんかんぷん」
やはり混乱している様です。
主が危惧している事は、的を得ていました。
主には申し訳ありませんが、私は少しだけおしゃべりになりましょう。
[かつて、一人の魔導士がいました]
「タスラム、さん?」
[タスラムで結構です。それよりも、今は話を聞いていただけますか?]
「…わかりました」
ランスター二等陸士が静かになったのを確認し、再び話を再開します。
[その魔導士は、望まぬ大きな力を持っていました――]
魔導士は、その力を買われ、管理局に誘われ、そのまま入局します。
血の滲むような努力と訓練の下に、しかるべき地位を確立しました。
ですが、その力は、最も誇ることの出来ない能力に特化した力でした。
『命を奪う』力。
魔導士は葛藤しました。
幾百日も苦悩しました。
ですが、明確な答えを出せないまま、魔導士は出動を繰り返しました。
任務であると、摩耗する心を騙しながら、奪う力を振るい続けて。
そして、ある時魔導士は、ある任務に赴きます。
内容は、時空テロ集団の殲滅。
単身、魔導士はテロ集団の集う廃屋に身を投じました。
襲い掛かるテロリストを殺し。
逃げようとするテロリストを屠り。
命請いをするテロリストを蹂躙し。
「…酷い」
ランスター二等陸士は、静かに呟きました。
[続けますよ]
魔導士は、その場に居た全ての命を絶ちました。
血と肉片の散乱するそこを後にしようと、出口へ向かおうとした時に、それは起こりました。
物音がし、魔導士はそちらを振り向きました。
そこには、質量兵器を持った人物が居たのです。
その人物は、齢10歳にも満たないような、小さな子供でした。
手にしていたのは、小型の火薬兵器。爆弾と呼ばれる物。
起爆スイッチを押そうとする小さな手は、目前の魔導士に対する恐怖により、震えていたそうです。
[…貴女ならどうします?]
「え?……私なら、説得します」
「武器を持ち、尚且つテロリストの返り血を浴びた状況で?まず無理です」
「なら、その魔導士はどうしたんですか?」
ランスター二等陸士が急かしてきました。では、続けましょう。
魔導士は、デバイスでその子供の頭部を吹き飛ばしました。
子供は、爆破する事も、死んだ事すらも分からず、命を散らしました。
魔導士は、任務を完璧に遂行し、帰還を果たしたのでした。
[これが、新歴0068年の『ヴァレスタ事件』]
「『ヴァレスタ事件』…。私が9歳の時の事件だ」
あれがきっかけで、お兄ちゃんは管理局に入隊したんだっけ、と、ランスター二等陸士は呟きました。
「…でも、子供まで殺す必要は……」
[当時、テロリストは8名。彼らは人質を取っていました。これは、上層部が明かさなかったのですが、ね]
管理局の闇。これは、その一部にしか過ぎないとは言えませんが。
[テロ集団が違法に手に入れたロストロギアにより、街1つ――総じて80万人の人間が人質だったのです]
「う、そ……」
混乱を招かぬよう、情報操作をしていたのでしょう。
私は、ランスター二等陸士にそう補足しました。
彼女は混乱していました。
[後から分かったのですが、子供が持っていたスイッチは、ロストロギア起動の為のスイッチだったそうです]
その瞬間、ランスター二等陸士の表情が凍り付きました。
[もし、貴女がその場に居たら、テロリストの子供は死なずに済んだでしょう。ですが――]
蒼白な表情のまま、私の言葉を待つ彼女。
[――80万人は、闇に消えていましたね]
「……!」
[その魔導士は、目の前の1を捨て、残された80万を救ったのですよ]
そこからなら、主が何を言いたいか、ランスター二等陸士なら分かるはずです。
主は、貴女がその魔導士と同じ道を歩かないようにと、思っているのですから。
「…力を持つ者は、その力の使うべき道を選ぶ義務があり、そこから導き出される結果に、責任を持たなければならない。……そっか。私、間違う所だった」
そこまで呟き、彼女の動きが止まりました。
すると、私に、一滴の雫が滴り落ちました。
それがランスター二等陸士の涙であると、私は静かに理解しました。
「わた、し……、アウルさ、に…、酷いこと……!」
鳴咽交じりの言葉は、主への謝罪に他なりませんでした。
[主は言っていました。ティアナは、私よりも才能がある。将来は有望な魔導士になる、と]
「………」
[焦る事は無いです。今は、主の言葉を信じて下さい]
主は、貴女の兄との約束を果たそうとしているのですから。
「…でも、アウル二等陸尉は、強いし…」
[主が強い?それは大きな誤りですよ]
ランスター二等陸士が驚いた表情を見せました。
私は、彼女を諭すよう、ゆっくりと話します。
[主は、誰よりも臆病で弱い。肉体や技術ではなく、精神(こころ)が]
アウル・アパレシオンと言う人間は、狙撃手としての存在価値しか自らに見出だしていないのです。
ランスター二等陸士の様に、目標が存在しないのですよ。
だから、もし狙撃手と言うバックボーンが無くなれば、主は主として生きて行けない。
「そんなの…、おかしい!」
ランスター二等陸士が憤慨します。主と話して居た時とは、反応が違いますね。
[……それが、主が弱いと言う所以です]
と、もういい時間です。
私は、ランスター二等陸士に休むことを提言しました。
ランスター二等陸士は、何か考えている様でしたが、私を連れ立って隊舎に向かい歩き出しました。
少しだけおしゃべりなデバイスを、お許し下さい、主。
夜は、変わる事なく更けて行きました。
Side Out……
一夜明け、アウルは歩みを進めて歩いている。
早朝の時間、降り注ぐ旭光に目を細めながら、訓練場へと歩を進める。
彼は知っている。
タスラムとティアナの会話を。
あの後、彼はデバイスに音声再生のみ通信を開け、自室で聞いていた。
タスラムは、それを理解した上で話をしてくれた。
アウルは、自身の半身の有能さを改めて自覚するのであった。
「お……」
訓練場の前に、見慣れたオレンジ色の髪をした少女を見付ける。
彼女の表情は、晴れやかさと複雑さの入り交じった物である。
「おはよう。早いな、ティアナ二等陸士」
「い、いえ…、おはようございます」
まず声を掛けたのはアウル。
少し吃りながらも、ティアナも挨拶を返す。
[主、おはようございます]
「…タスラム。すまなかったな」
[いえ、おかげで有意義な時間を過ごせました]
「ティアナ二等陸士も、タスラムを保護してくれた事、感謝する」
「そんな…!頭を上げてください!」
謝辞な言葉と同時に、アウルは深々と頭を下げた。
ティアナはというと、上官に頭を下げられた事に狼狽し、あたふたするばかり。
「…あの、アウル二等陸尉。昨夜は申し訳ありませんでした」
頭を上げたアウルに、今度はティアナが謝罪する。
「答えは出たか?」
「はい!」
迷いのない、心からの笑顔。
アウルは、それを見て心から安堵した。
「ティアナ二等陸士。あの言葉はな、私が、ティーダから教わったんだ」
「お兄ちゃんから!?…で、ありますか?」
驚きの言葉に、ティアナは敬語を忘れてしまった。
アウルはそれを慌てて正す姿を見、クスリと笑った。
「ティーダとは、親友だったよ。向こうから言って来たんだから間違いない」
「お兄ちゃんと、親友…」
突然明かされた真実に、彼女は呆然としていた。
だが、アウルは言葉を紡ぐ。
かつての友を懐かしみ、声を、姿を、思い出すために。
「ティーダは優秀だった。私なんかよりも、な。希少技能が無くとも、犯罪者には遅れは取らなかった」
その姿を見ていた彼だからこそ、はっきりと断言出来るのだ。
「君は、間違いなく兄を超える」
「……!!」
「そして、伝えたかった」
ティアナの肩を掴み、視線を合わせ。
アウルは、6年前から伝えたかった言葉を漸く伝えられた。
「ランスターの弾丸は、間違いなく全てを貫いたんだ」
自身が見、自身が経験し、そして理解した否定することの無い事実を。
ティーダは、自身の力を理解し、最期まで責任を果たしたのだと。
「……アイツの想いと共にね」
だから、ティアナの心にその言葉は深く響いた。
違法魔導士を追う中、殉職した兄。
管理局からは役立たずのレッテルを貼られ、死んでも尚報われなかった兄。
それが、管理局の総意だと思っていたティアナ。
だが、目の前の青年は違った。
無能ではない。
役立たずではない、と。
ティーダ・ランスターの実力を、心を。
ちゃんと、評価していてくれていたのだ。
ティアナの瞳から、涙が溢れる。
「私が証明する。安心しろ、“ティアナ”」
「はい…。はい……!」
泣きじゃくるティアナを、アウルは優しく、だが力強く抱きしめた。
ティーダの代わりにとは言わない。
ただ、泣きじゃくる少女を守りたいと願う。
約束ではなく、アウル・アパレシオンとして。
今はただ、腕の中の少女が、溜め込んだ想い全てを吐き出すのを。
静かに、受け止めていた……。
亡霊は、そこに何を想うか。
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