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黄昏色の空、菫色の瞳。
相変わらず自分は兄達に敵わない、と思う。
きっとこのまま一生、彼らに克てる日なんて来ないだろう。


なぜなら、兄達の言葉はいつも的確で。


「君、試験会場はそっちじゃないよ」


あの時。
振り返った君に、その菫色の瞳に、激しく心奪われたその瞬間に。
楸瑛は、兄達に心の底から感謝した。(生まれて初めてかもしれない)


「もしかして迷っているのかい、紅家当主の養い子殿?」
「李絳攸、だ。『藍楸瑛』殿」
「名前を知っててくれたなんて、光栄だねぇ」
「互いに嫌でも目立つ存在だからな。年齢と、……家柄と」


“紅黎深の養い子を観察しろ”
藍家当主である兄達が、同い年の紅家当主に結局見せてもらえなかった、秘蔵の養い子。
養い親をどこまでも敬愛しているところとか、天才的な方向感覚とか、自称『鉄壁の理性』の割にくるくると変わる豊かな表情とか。
兄達の命令であることすら忘れて、君の全てを、その雑言さえ愛した。


そして兄達から届いたのは、非情にも文官を辞めろとの命令だったけれど。


「別に言えないことなら言わなくてもいい。俺には関係無いことだ」


藍家のしがらみから逃れられない自分を、そのままでいいと認めてくれた君。

気づけば自分たちは、共に出世街道をひたすら登り詰めて。
立派に成長した若き王に忠誠を誓い、絶大なる信頼をその手に受けた。
君と二人で。
こんな今も、良いかもしれない。


「まさかお前が、そんなに簡単に受け取るとは思わなかった」
「うん、私も自分がこんなに簡単に受け取るとは思わなかったよ」


あの時手にした花菖蒲は、今まで見てきたどの花より鮮やかでまぶしくて、隣には君が居た。


もしも、と楸瑛は思う。
今の立場と藍家を、天秤にかけねばならぬ時が来たら。
一体自分はどちらを選ぶのだろう。



―――――……生涯一度くらいは、兄達の鼻を明かしてやるのも悪くない、



「君、もしかして迷っているのかい?」
「うるさい、迷ってなんかない!」
「紅家本邸は、思い切り逆方向だと思うけれど」
「…………」
「そっちにあるのは私の邸だよ。良かったら呑みに来るかい?」
「…行ってやらんこともない」


君と出逢ってから、もう随分と時が経った。
迷子になる君を、いつも探して、見つけ出して、導いて。
自惚れかもしれないけれど、自分はなんて幸せなのだろうと思う。


またあらぬ方向へと歩みを進めそうな愛しい人の手を握った。
「そっちじゃないよ」
「…分かっている!」


決してつないだ手を振りほどこうとはしない愛しい人と、君と戴く若き王。
彼らに出逢えた奇跡のような幸運も、元をたどれば与えたのは兄達で。


(―――……やっぱり兄達には敵わない、か)


ならば偉大なる兄上様よ、せめてこの幸せをもう少しだけかみしめさせて。


「ほら絳攸、夕焼けだ」
「本当だ。――…綺麗だな」
君の方が綺麗だよ、と言おうとして、反撃が怖そうだったから止めた。


黄昏色の空の下、つないだ手から伝わる熱に、ただ身を任せていた。









○●後書き的な●○
初・UPです。
実はこれが彩雲双花処女作です。
去年(2007)の秋に書いたやつ。
な、懐かしい…!
なんか文脈が拙い限りですが、記念すべき1作目ということで、敢えて手直しなしであげてみました。
…直し出すと収拾つかなくなるからじゃないよ!←
さりげなく捏造が多いです。特に兄上関連。

UP:2008・6・8


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