褪ロラ
5
その時、黙りこくっていたアキくんが口を開いた。
「――だから、俺に見せたくなかったの」
「……ああ」
「そっか……」
「…………」
「“影”になったら……、”影”になっても、意識はあるの」
「……ない」
「本当に?」
「ないよ、本当だ。……あれはただ、帰る場所を求めて彷徨うだけの、意思のない影だ」
なるほど確かに、あれは正真正銘の“影”だ。今は亡き人の、心という形だけをなぞった影。真っ黒で、中身は空っぽ。けれど、かつて人間だったことだけは確かな事実なのだ。
どうしようもなく不毛だった。”影”に襲われれば、身を守るために反撃するしかない。そのたびに少しずつ僕たちも”影”に近付いていく。昨日まで背中を合わせて戦った仲間が、明日には僕たちを求めてさまよう影になる。
――完全に、ループしてしまっていた。
話を変えるべく、僕は口を開いた。
「それで確か……、――シャロンさんが、ああなった後。急に黒い靄がたくさん出てきた。その向こうで、二人は倒れてた」
アキくんは大きな金色の瞳を伏せた。睫毛の影が頬に落ちる。人形のようにすべらかで白い肌は、ひどく青白かった。
「……気付いたら、体が動かなかったんだ。手足の先から感覚が消えていって、息が出来なくて。……ロヴィと、何か話した気がするけど、その後のことは覚えてない」
「ヒロと、一緒だよ……。急性中毒」
「やっぱり……」
「ただ、アキのは……、自業自得、っつーか……、いや、そうじゃないんだけど」
歯切れが悪いのは、息苦しさのせいだけではないだろう。時折ロヴィはこうして言葉を濁す。僕たちに、言いづらいことを話さなければならない時に。
「あの黒い靄、な……」
「人間から生まれる、だろ」
引き継ぐようにエルドさんが言い切った。
――人間から、生まれる。
それは、その言葉の意味するところは。今世界中で猛威を振るっている病気の原因が、僕たち自身にあるということか。
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