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褪ロラ
4


 「二人とも、起きろ」

 シャロンさんの声が低く響いて、僕ははっと目を覚ました。そして、あの感覚が背筋を駆け抜ける。――来た。

 「アキくん、起きて」
 「……ん」

 肩を揺するたびに、色素の薄い髪がふわふわと揺れる。ぼんやりとした金の瞳はすぐにはっきりと見開かれ、僕の顔を見て、辺りを見回した。僕たちからそう離れていないところで、真っ黒な銃を右手にぶら下げたシャロンさんと目が合った。すぐにふいと逸らされてしまったけれど、柱に凭れるように立つシャロンさんの姿は、こんなときでも様になっていて恰好いい。
 ロヴィの姿は見えなかった。

 「来た?」
 「うん。……すぐ、近くだ」

 声を潜めてアキくんにそう伝える。張り詰めた空気に、僕たちは知らず肩を寄せ合って息を詰めていた。
ふと、前方の壁から染み出すように黒い靄が立ち上っているのに気が付いた。次いで、細くて黒い何かが、壁をすり抜けるように室内に侵入する。
 ――それは、やたら脚が多くて上背の低いシルエットだった。強いて言うなら蜘蛛に近いだろうか。
 前進するたびに無数の脚がざわめくように蠢き、でっぷりと丸い頭や腹を少し不安定なバランスで支えている。部分的な形には見覚えがあるので完全な異形とは言い切れないものの、現実に存在する生き物と比べると明らかに異質な形態だった。
 もぞもぞと脚を動かしながら”影”がフロアの中央付近に辿り着くのを待って、シャロンさんが遂に発砲した。無駄に多い脚の何本かを吹き飛ばし、胴体にも一撃、漆黒の弾丸がめり込んだ。突然の襲撃に狼狽えるような動きを見せた”影”の頭上に、次いで人一人ほどの大きさの黒い塊が降ってきた。あれは、――ロヴィだ。いつからそんなところに潜んでいたのか、よく見ればその天井には大穴が空いていた。
 重いブーツの踵でロヴィが”影”の鼻先を踏み抜く。足音を聞いて、随分硬くて重そうな靴だなと思っていたけど、まさか蹴り技のために履いている靴なんだろうか。ごしゃっと嫌な音を立てて、”影”の頭が靴の形に陥没した。
 けたたましい声を上げて、無茶苦茶に脚を振り回す。”影”にも痛覚があるのだろうか。
 後退する”影”の動きを阻むように、シャロンさんの放つ銃弾がその足を貫く。動きを止めた”影”に向かってロヴィもまた畳みかけるように一本、また一本と確実にその脚を切断していく。機動力を削ぎ、徐々に壁際に追い込んでいく手際は実に見事で、漆黒の異形は彼らの敵ではないようだった。




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あきゅろす。
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