褪ロラ
8
「……厳密に言うなら、この病は”罹る”ものじゃない。体内に蓄積されたこの靄が、許容量を上回ったところで発症する。要するに毒だな。だから、実質誰もが黒死病予備軍ということになる。靄を感知できない人間に、街中至るところに漂っているこの毒を躱す術はないのだから」
シャロンさんが静かな声でそう言った。
それって、つまり――。
「言い訳に聞こえるかもしんねえけど、遅かれ早かれ発症はしてたってことだ。まあ、そのタイムリミットを早めちまったのは確かだし、そこは謝る。でも、あの時こんなこと説明してる余裕もなかったんだ。だからとにかく助けた。その代わりに、お前はこれから生きるために”影”と闘わなきゃならなくなった。……どうしても嫌だってんなら、責任取って今すぐ息の根止め直してやるけど、どうだ?」
一度にたくさんの情報を詰め込まれて、飲み込み切れずに吐き出しかけては、細かく噛み砕いていく。今夜、僕にとっての世界は姿を大きく変えてしまった。まだ理解できずにいることもきっと多くあるけれど、少なくとも今の自分の立ち位置くらいはなんとなくわかってきた。あとは――。
「……大事なことを聞いてない。僕の武器は、どこ?」
そう問えば、真剣な顔から一転、微妙な表情になってロヴィは僕を見つめた。
「…………」
「え、なに……」
「……ほんとに知りたいか?」
「えっ……? 僕の武器、何か問題でもあるの」
「やばい」
「……、やばい?」
やばい、とはなんだ。
予想外の言葉に狼狽えていると、徐にロヴィは左腕を伸ばして、僕のみぞおちの辺りに触れた。トン、と軽い接触の後、なんとも言えない奇妙な感覚が全身を包んだ。
――まるで、骨を抜かれているような気がした。体の骨格が、全て引きずり出されてしまったような感覚だ。けれど、僕の体はぐにゃぐにゃの肉の塊になり果てることなく、腕も足も変わらずしっかりとここにある。不思議な感覚に首を傾げつつロヴィの指先を目で追えば、真っ黒な塊がその手に握られていた。
ぶよぶよして形の不安定な謎の物体は、ロヴィの手のひらの上で、もぞりと蠢いては形を変える。静止して、小刻みに震えて、また不規則に蠢く。
「……なに、これ」
「……おまえの武器。……たぶん」
武器? これが? どう使うのかさえ想像もつかない、これが……?
「気色の悪いものを見せるな」
シャロンさんが盛大に顔をしかめている。あんまりなコメントである。気持ちはわからないでもないけれど、むしろよくわかるけれど。
「ほらな? だから俺、ほんとに知りたいかって聞いたろ?」
「いや……。それより、これ、これが武器っておかしくない……?」
「んー……、まあその辺はこれからどうとでもなるって! 気にすんなよ」
気にするなという方が無理な話だ。僕はこの先、このぶよぶよした物体でもって”影”との戦いを生き抜かねばならないのに。ナイフだの銃だのを持っている人と同じにしないでほしい。僕にはこれで”影”と戦っている自分の姿が全く想像できない。
ロヴィに手渡されて、初めて僕は「武器」を手に取った。やはり感触は見た目通りぐにゃぐにゃで、それでも思ったよりはしっかりとした手ごたえがあった。
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