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 ふと気がついて目を開けた。それは何気ない目覚めだった。深夜に意味もなく目を覚ますことは頻繁にあるとは言えなくとも、誰とて経験したことがあるだろう。
 しかし目を覚ますには意味はなくともきっかけはあるはずだ。たとえば耳元の携帯が鳴ったり、緊迫する尿意であったり、そのカタチは様々だろうが。
 なぜオレは目を覚ましたのだろう。醒めきらない頭でぼんやり思っても、よくわからなかった。腕から伸びる管も、その他ごちゃごちゃの周辺機器も、いつもと変わらない。ここはオレの病室(へや)だ。

 しぱしぱと瞬きながら何気なく窓に目を向けたとき、オレの心臓は縮みあがった。否、目は窓を映す前に、他のナニカをうつした。

「ヒッ――!!」

 其処に在ったのは、――首。
 青白く生気のない生首が、ぽかんと宙に浮いている。目は虚ろで、オレを見ているようで、視線は交わらない。
 キュッと縮んだ心臓は、ハッと詰めた息はだんだんと正常に戻りつつあった。一気に眠気が吹き飛んだせいだろうか。
 動き出した脳が、いいや違うとオレに告げた。闇に慣れ始めた瞳が、いいや在るとオレに知らせた。ああ違うとオレも思った。これは生首じゃない。

 暗闇に紛れてはいたが、そこには体があった。漆黒の服を纏い、漆黒の靴を履き、漆黒の手袋を填め、闇に溶けていたのだ。だが闇に溶けているだけで、其処に無いわけではない。たしかに、在る。
 それが確かに在るモノだと解れば、恐くはない。むしろオレだけの病室であるはずの此処に明らかに医師でも看護師でもないコイツがいることが不快でならなかった。
 なんだよ、誰だよと言うつもりだった。あいつが口を開かなければ。

「羨ましい、憎い」

 虚ろな眼のまま、あいつはそう言ってオレに近づいた。音もなく伸ばされた指先がつつとオレの頬を撫ぜる。その指先に在るはずの温度を感ずることができずに、ぞわりと背筋が泡立った。
 息を詰めるオレに、あいつはさらに続けてみせた。

「――死にたい」

 一気に血液が沸騰した。そんな錯覚を覚えるほど、頭にカッと血がのぼってしまった。今まで竦んでいた体が勢いよく男の手を払いのけて、思い切り睨みつけた。信じられない。嫌悪感が満ちていく。

「なんだ?」
「死にたいっつったか?」
「ああ、言った」
「オレに言ったのか?」
「ああ、言った」
「この、オレに?」

 笑ってしまう。この男はまた「そうだ」と頷いたのだ。信じられるか。淡々と表情も変えず、男は応え、頷いたのだ。
 よもや信じられない思いでオレは自嘲気味に腕を目一杯伸ばして、宙に浮く管を見せつけてやった。

「こんなオレに、死にたいと?こんな、こんな……死ぬやつに、それを言うのか?」
「オレは死にたいんだ。しかし死ぬことができない。お前はもうすぐ死ぬ。憎くなるほど、羨ましい」

 男はそう言ってオレの前に腕を差し出した。黒い手袋の指が服をたぐると、差し出された腕から肌が見えた。其処に在ったのは紅い痕(しるし)。

「ヒッ……」
「何度やっても、死ねなかった」

 出てきた腕、手首には無数の傷跡が残っている。血のにじむ傷跡だ。男は愉快そうに微笑み、手首の傷をなめた。唇を歪めたままオレを見つめる瞳に温度が感じられない。

「死にたくて死にたくて、現世から魂を捨て去ったのに。気づいたら次の世界に生きていた。なんの罰だと言うんだろう。死にたくてたまらないのに、オレは他人の死を看取る役目を命じられた。オレは――」

 死神だと名乗った男は、オレに1枚の紙を渡して夜の病院に消えて行った。



あきゅろす。
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