彼は新世界の魔王になる
3
それでもなけなしの勇気を振り絞り、大きく曲がった剣をこちらに向けてくる。
「よ……よくも俺らに恥掻かせやがって!
こうなりゃ、せめてお前らぼこぼこにして有り金ふんだくってやる!!」
おお、やってやらあぁぁ――!!!
リーダー格の男の宣言に、他の山賊達も一斉に怒号を上げた。怒りの雄叫びが不協和音を奏で、大地を大きく揺らす。
「あーあ、怒らせちまったか。随分と面倒なことになったな、レイグルス」
「あんたがそれを言うか!?
ったく、火に油を注ぐようなこと言うからっ!」
「いやいや、お前も随分と挑発的だったぞー?」
間髪いれず突っ込まれ、思わずうっと言葉が詰まる。
自覚はしている、だが反省も後悔もしていない。
「いい加減無視すんな、おんどりゃああぁぁ!!
本当、ムカつく野郎だぜ! おめえらぁっ、こいつらの身ぐるみ剥いで全裸で放置してやれ!!」
ブチ切れた山賊の宣言に、俺もセイザ―もぎょっと眼を剥く。
嫌だ、そんな罰ゲーム。せめて女装ならギリギリ我慢できるけど、全裸だけは何があっても回避してやる!
……そう思ったけど、このマッチョな今の俺が女装するってのも視界の暴力だよな?
結論、俺たちは何があっても勝たなきゃならないようだ。
「セイザ―、俺が魔法攻撃を展開するから切り込み隊長よろしく!」
「おいこら待て。一番俺が危ない役目じゃねえか!
お前も行けよっ、何のためにジジイから武器もらったと思ってんだ!?」
「しょうがないだろ、俺、剣使ったことないド素人なんだから!」
いくら頭や身体にやったことのない剣技の知識が染み付いてるからって、いきなり武器を使うという危険な賭(かけ)はできない。いざというとき、しくじったらどうする。
「それでも努力は必要だろ!? つーか、森での戦いでは普通に格闘技でのし倒してただろうが!」
「あ、そう言えば戦えてたっけ」
俺の脳裏に昨日の一戦が浮かんだ。
無意識にインデウィア兵を叩きのめす動きができていたことを思い出し、いざとなれば戦えるかもしれないと思い直す。
「気は乗らないけど、自分で首突っ込んだことだしなぁ。わかりました、俺も責任とって戦います」
俺の言葉に、よろしいとセイザ―が笑った。
渋々ながらも、お爺さんにもらった星晶石の剣を取り出し、右手に構える。
臨戦態勢を整えた俺たちに、山賊達は厭らしく舌なめずりした。
「おいおい、そんなちっこい短剣で俺らに挑むつもりかよ! やめときなぁー、僕ゥ?
お金さえ置いてったら、俺達も悪い様にはしねえからよぉ」
わかりやすい挑発を盛り上げるように、他の山賊達もゲラゲラと笑いだす。
不思議なことに剣を向けられてるにも関わらず、俺は全く恐怖を感じていなかった。側に頼れる仲間がいるからなのか、それとも神経が麻痺してるのかわからないが。
「言いたいことはそれだけですか?
お金を取られるのも全裸の刑も嫌なので、取りあえず皆さん沈んで下さい。ハイドロ・キャノン!!」
先手必勝。彼らが油断しているうちに、左手から高密度の水の塊を放出する。連続して繰り出される水の塊は手始めに、前列にいた山賊数名を壁際まで押しつぶす。
コンクリート並みの強度を誇る水に叩きつけられ、彼らは白眼を剥いて気絶した。
続いて動揺する隙も与えまいと、セイザ―のガンブレードが蒼い光を纏いだす。流れるように山賊達の間を縫いながら、銃撃を加えては斬り捨て、さらには魔法攻撃で陣形を乱れさせていった。
先程まで蛮行を奮っていた山賊達も、さしものセイザ―の前では子供が武器で遊んでいるようなものだ。
呼吸一つ乱すことなく、それどころか戦いを楽しんでいる灰色の狼に俺は戦慄した。
――よかった、彼が敵じゃなくて。
「余所見してんじゃねえぞ、くそ野郎!!」
反射的に短剣が敵の剣を弾いた。慌てて後ろへ飛び退る。顔を上げれば、三白眼の凶悪な眼をした男が曲剣を手に襲いかかってきた。
危なげに曲剣を避けるも、奴は次から次に獲物を振り回してくる。
「くっ、術を唱える暇も与えないつもりか……」
しばらく避け続けるも、だんだん俺の脚が限界に近付いてきた。少しでもいい、何か形勢逆転に至るための勝機はないのか。
避けながらも必死で男の隙を探ると、男の頭上に明るい太陽が燦々と輝いているのが眼に入った。
理科の授業の応用が通用するかわからないが、一か八かだ。
相変わらずがむしゃらに剣を繰り出す男に、ここで初めて自分から短剣を突きだした。
反撃する気配のなかった俺の行動に、僅かに男が怯む。この隙を待ってたぜ。
「くらえっ、ソーラー・エクスプロージョン!!」
短剣を頭上に掲げ、太陽に向ける。太陽光を思う存分吸収した短剣は、爆発したように青白い閃光をまき散らした。
何てことはない、反射の原理を利用したものだ。
ただ俺の予想を裏切り、剣が放ったものは本当に光線……というより、無数の光の砲弾だった。
おびただしい砲弾の爆発に当てられ、男の身体が宙を舞う。舞っている間にも、その爆発は止まることを知らない。
そのまま重力に逆らえず、男はぐしゃりと音を立てて地に沈んだ。同時に爆発も止むが、その身体はぴくりとも動かない。
「えーっと、死んでないよな……?」
恐る恐る近づき、つま先だけでつんつんと突っつく。
どうやら死んでいないようで、ほんの少し安堵する。
いくら悪党とはいえ、やはり人を殺すことには抵抗がある。
甘い考えだと思うが、それでも殺さずに済むならそれに越したことはない。
襲いかかってくる気配がないため辺りを見渡せば、死屍累々と化した山賊達が地面の至る所に転がっていた。
その主に中心地では戦闘を終えたセイザ―が立っていて、ガンブレードに付着した血を振り払っている。
その生々しさにぎくりと俺は肩を揺らした。
俺がおじいさんを助けようと首を突っ込んだから、セイザ―は戦う羽目になったんだ。
彼に俺を責める気がないのはわかっている。しかし剣から伝う鮮血に、嫌でもその事実を突きつけられた。
誰だって好き好んで争いの場に行きたいとは思わない。殺したり、傷つけたりすることだって……。
セイザ―はこうなることまで理解していたんだ。なのに俺は自分勝手な同情心だけでこんな行動を。
覚悟がなかったかと言えば嘘になる。
だが現実を体験してみて初めてわかった。いかに自分が甘ちゃんだったかということに。
「レイグルス、大丈夫か」
いつの間に来ていたんだろうか。血を見て固まっている俺の横にセイザ―がいた。
少しでも心配をかけたくないのと、早いところ逃げなければという気持ちから俺は黙然と頷く。
何か言いたげな顔をしていたセイザ―だが、すぐさま俺の手を引き走り出した。
「街を出るまでは絶対手を離すなよ!」
「うん……、ありがとう」
「礼ならアニマ・ノアでたっぷり弾んでもらうぜ」
「ああ、覚悟してる」
緊迫した空気にも関わらず、なんて甘い会話なんだか。強引だけれど不器用な優しさに、思わず笑みが零れた。
速度を緩めることなくセイザ―は、俺の手を引きながら真っすぐに門を目指していく。
仮にも街を救う形となった俺達を遮る者はどこにもいない。
「あともう少しで門を抜けるぞ、頑張れ!」
「わ、わかってる! うおおぉぉーっ、ど根性!!」
見かけによらず熱血だなあという言葉が聞こえたが、あえて訂正しないでおく。
これは俺の家族間でよくやっていた掛け声で、ぎりぎりの踏ん張りどころでこれを言うのがお約束になっていた。ちなみに俺以外の家族は、みんな性格属性に熱血を所持している。
俺にその属性があるのかは疑問だが、少なくとも自分ではひらめきタイプだと思っている。スーパーロ●ット大戦的な意味でだけど。
セイザ―は必中タイプかなと考えながら走っていると、門から数メートルの所でセイザ―の足が止まった。
唐突な行動に、俺は思いっきり顔をセイザ―の頭にぶつけてしまう。
「あいた!」
「うぐえっ! きゅ、急にどうしたんだよ?
何でいきなり止まって――」
セイザ―の視線の先を辿り、一瞬呼吸が止まる。
俺の眼には、見覚えのある赤銅色の甲冑が映し出されていた。いや、そんなことは最早どうでもいい。
「なあ、ニグル! ここで間違いないのか、魔王がいる場所ってのは!」
「ええ、間違いありません、アーキア様。
たしかにホーリーエルフの森からこの街へと、魔王の居所を示す星魔力が移動しておりますゆえ」
「へえーっ、じゃあとうとう魔王に会えるんだな!?
やったな、黒斗! 魔王を倒したら俺達、英雄になれるんだぞ!!」
何で……、あいつらが。
「何を言ってるんだ、アキ。俺は反対だ、今の状態で魔王に会うのは!
経験値の少ない俺達で魔王に向かうのは危険すぎると言ってただろ!?」
無造作な紅髪の男が稲葉をたしなめている。
背丈と髪色と眼が変わっているが間違いない。
「かい……ちょう。稲葉まで、どうしてここに」
「レイグルス? おい、どうしたっ。具合でも悪いのか!?」
セイザ―が何か言ってるような気がする。だが、このときの俺の耳には、奴らの声だけしか響いていなかった。
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