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彼は新世界の魔王になる

 この稲葉 秋兎という男は傾国の男だった。
 いや、たかが一学園内のことで傾国とは大げさなと侮るなかれ。この学園は他校と違い財閥や有名企業、旧家の出の子息が大量に生息しているところだ。
 特に俺のいる特進クラスはほとんどが金持ち連中のボンボンで、さらにこのクラスには学園の運営を担う生徒会役員と風紀委員が所属している。
 これのどこが傾国という言葉に繋がるのかって?

 それは生徒会役員と、風紀委員長を初めとする主な幹部連中が稲葉に惚れてしまったからだ。

 ただの惚れたの好いたのだとかなら何も言うまい。
 最悪なことに、役員達が稲葉に構い倒す余り、生徒会の仕事と風紀の仕事を放棄するという事態が発生してしまったのだ。
 これには学園内の生徒全員が失望した。他の各委員会は生徒会や風紀が動かなくなったことで、仕事に支障をきたし始めている。
 はっきり言って、学園始まって以来の危機だ。
 生徒会や風紀、その他人気者の親衛隊は、憧れ尊敬し、陰ながら必死で支えてきた主の姿に慟哭(どうこく)の涙を流した。
 そして親衛隊を初めとする多くの生徒達の憎悪はやがて、彼らを堕落させた転入生、稲葉へと向かい始める。
 親衛隊による稲葉への制裁は苛烈の一途を辿った。 机の落書き、下駄箱への嫌がらせはまだ可愛いもの。性質が悪いのは親衛隊による呼び出しと、暴行・強姦だった。
 しかし小柄な見かけによらず、稲葉の喧嘩の腕前は大したもので、あっという間に実行犯である大柄な男達を叩きのめしてしまったらしい。
 何度か繰り返すうちに、この方法では稲葉に何の効果もないと悟ったのだろう。

 追い詰められた彼らの脳裏に悪魔の囁きが聞こえた。
 ――稲葉の親友、嵯峨 礼一を見せしめにしろ、と。

 この企みを知ったのは、情けないことに親衛隊に監禁された後だった。
 俺はあいつの友人なんかじゃないっ!!
 無理やり連れ回されてるだけなんだ!

 何度訴えても、狂気に走った彼らの耳には少しも届かなかった。それどころか――

「ハッ、どの口がそれを言うの?
嫌だ嫌だって言ってる割にはほいほい稲葉に付いていってるじゃん」
「稲葉を都合よく利用して生徒会役員の方々やその他の人気者の方に取り入ってるくせにっ!
被害者面すんじゃないよ、このっ平凡が!!」

 日頃は愛らしい女の子みたいな面影は一欠片もなく、般若のように恐ろしく顔を歪めた親衛隊長達は容赦なく俺の腹を蹴りあげた。
 その後も暴力の嵐は続き、遂には彼らの手先の男達から無理やり身体を暴かれた。
 嵐が去った後、俺は破れた制服を掻き集めながら、一人夕暮れの教室の中で悔し涙を流した。

 鉛のような身体を引きづりながら寮へ戻ると、許可した覚えもないのにまた勝手に俺の部屋に上がり込んでいる稲葉がいた。

「あーっ、礼一!!」

 ソファの上で他の信者達とイチャイチャしていた稲葉は俺の姿に気付くや否や、すぐに飛び出し俺に抱きついてきた。
 強い勢いに、先程まで暴力に晒されていた俺の身体は簡単によろめいてしまう。
 稲葉の肩越しに、こちらをギラギラと睨みつける生徒会長達の姿が目に入った。

「遅かったな、礼一! ちゃんと遅くなるならなるって連絡しないとダメだぞ!
ん……? 礼一、何か首の色、いつもと変わってないか?」
「別に、いつも通りだが。それよりも離してくれ。
先に風呂に入りたいんだ」

 暴行の痕を、しかも信者達のいる前で稲葉に見られるわけにはいかない。
 今日は親衛隊だったが、そうじゃない時には生徒会などの稲葉信者達に暴力を振るわれている。
 もし稲葉に見られようものなら、あの独りよがりな正義感を振りかざしてこの怪我の事を問い詰めるに違いない。
 そうなったら、稲葉がいなくなった後に信者どもから激しい暴力を受けるだろう。

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あきゅろす。
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