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彼は新世界の魔王になる
護衛になりました
 土煙の漂う門前町は、明るい行商人の声や、軒並み並ぶ商店の人とそのお客の賑やかな声で溢れていた。
 もう夕方だからか人の行きかいはまばらだが、それでもその活気は人を寄せ付けるには十分なものだ。
 俺こと礼一改めレイグルスは、隣を歩く狼男セイザーにちらりと視線を移した。
 先程の契約の件に関しては、戸惑う俺に配慮してか後で返事を聞くと言われた。
 一見、俺に拒否権があるような言い方だが、その眼の奥の光は逆らったらどうなるかわかってるだろうなと饒舌に語っていた。
 目は口ほどにものを言うという諺(ことわざ)を嫌と言うほど思い知らされた瞬間だ。
 
 どのみち拒否権がないのはわかっていた。
 彼に見捨てられたら俺に行く場所はないのだから。
 しかし、すぐに決心がつくかと言えば話は別だ。なにぶん、人との殴り合いに好んで参加したことがないため、戦闘センスは皆無だ。

「あのさ、セイザー」
「ん? なんだレイグルス。
あまりの賑やかさに腰でも抜かしたか?」
「違うって。ていうか、どんだけ人を田舎者扱いしてんだよ!」

 ちょっと馬鹿にされてるような気がして、らしくもなくムキになって言い返す。それを鼻で笑う姿も様になっているものだから、美形ってずるいと思う。

「くそっ、美形滅びろ」
「お前も美形だろーが。て言うかレイグルス、お前自分の容姿にもう少し自覚を持て。
さっきからお前狙いの奴らを追っ払うのに、手ぇ焼いてんだからよ」
「へ? 俺を!?」

 何でこんな平凡を絵に描いたような男を狙うんだ?
 心の中で言ってるつもりがどうやら口に出てたようだ。心底呆れたような眼で見てくる視線に耐えかねて、眼を泳がせる。

「どうやったらこんな天然培養で育つんだか。
そういや、レイグルス。お前、あの聖域に何でいたんだ? あそこは普段は立ち入り禁止だぞ」
「え……? あ、いやそれはその、道に迷って」
「あの森に入る方が確実に迷うと思うがな」
「あ、ああ、そうだよな。うん、何であんなところに迷い込んでしまったんだろうなぁ」

 まさか異世界から来ましたなんて言えるわけがない。
 頼むから探るような眼でこちらを見ないで欲しい。
 ただでさえ威圧感が半端ないのに、その強面で睨まれた日には俺の心臓が止まるだろうよ。確実に。

「まあいい。いずれじっくりと聞けばいいことだからな。俺様のテクニックで、なぁ……?」

 どういう風に聞くつもりですか!?
 舌舐めずりしながら、男を思わせる熱を帯びた眼を向けられ、背筋がぞっとする。
 同性愛が横行していたあの学園にいたのだから、その意味がわからないわけではない。

「冗談よせ。こんな可愛げのない厳つい男に迫ってどうする」
「ふうん、可愛げがないねえ? 俺から言わせれば色々と可愛く見えるがな」

 一々仕草が仔狼っぽいところとかな。
 喉の奥で笑うセイザーに、からかってるのかと思い、少し睨みつけてやろうと顔を上げる。意外にも真剣な色を宿した橙色の眼に、何故か俺の心臓は高鳴った。
 男相手にまさかと思う。そんな気持ちをかき消すように、俺は自分の境遇を思い返した。

 何でセイザーは見ず知らずの、それも出自のはっきりしない俺みたいな人間を拾ってくれたんだろう?
 ただの気紛れなんだろうか……。だとしたら、少し寂しい。
 やっと、この世界で初めて俺を必要としてくれる人が現れたのかなぁて思ってしまったから。

 こんな思考でいたら駄目だということぐらいわかってる。
 それでもあの半年以上の期間で植え付けられたネガティブな考え方は早々に消えてはくれないようだ。
 つい暗い顔になっていたのだろう。おもむろにセイザーが人の頬をムニムニと引っ張ってきた。

「ふぁっ!? にゃっ、にゃにふるんひゃ!?」
「あん? てめえの辛気臭い顔がましになるようにしてんだろうが。ありがたく思えよ」

 誰がありがたいと思うかっ!
 僅かばかり高い身長を活かし、じろりと見下ろす。
 セイザーも実はそれを気にしていたのか、途端に不機嫌そうに眉をつり上げた。
 ふふんっ、ざまあ!

「おい……ちょっとばかし図体デカいからって調子乗ってんじゃねえぞ?」
「うっ!」

 でもやっぱりセイザーの方が怖い。どれだけ人を殺してきたんだよって言いたくなるほど、凶悪な眼光でこっちを見てくる。
 慌ててセイザーから距離を置き、降参の意を込めて両手を上げた。

「悪かったよ、セイザー。そんなに気にしてるなんて思わなかったんだ」
「気になる相手より身長低けりゃ、誰だって凹(へこ)むだろ」
「えっ、今何て言ってんだ? ちょっと聞こえなかったんだけど」
「あーくそっ、何でもねえよ! それよりさっさと武器屋に行くぞっ」

 何故か耳をピコピコと動かしながら、怒ったように言うセイザ―が俺には理解できなかった。

「男として気にはなるよな、身長って」

 うん、今度からは彼をこのネタでからかうのは止めにしよう。


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