獣神戦隊マイスマン 大帝は夕焼け空を仰ぎ見る 意味が分からないながらも、輝夜の言うことにつられ全員上空を見上げる。 そして我が眼を疑った。 「うそ……黄色いスポーツカーが、空を飛んでる!?」 素っ頓狂な声を上げ、しきりにスポーツカーを指差す世那。 驚いてるのは智史、沙夜子、勇人もだった。 「馬鹿なっ、今の科学力ではドリル戦車、いやドリル潜水艦? それが宙に浮くわけないのに……!」 「そもそもどこから拝借したのかしら、この救急車」 「……もっと他に突っ込みどころがあんだろっ! なんでアイツが他のメカまで引き連れてんだ!」 下でギャアギャア騒いでいると、上から声が降ってきた。 「おい、騒いでないでブレスを掲げてくれ! 気持ちはわかるが今は戦闘中だろ?」 「あ、ごめんなさい!」 はたと我に返った沙夜子が軽く頭を下げる。世那、智史も頭を掻き、ごめんごめんと軽い調子で謝った。 こんなことで狼狽えていた自分が恥ずかしかったのか、勇人のみ顔を赤くしそっぽを向く。 ……マスクで全然見えないが。 軽く咳払いし、勇人はさっさとブレスを着けた手を上に掲げた。智史達も次々と上に掲げる。 「よしっ、エネルギー転送!」 輝夜がボタンを押すと、輸送機に付いてるパワーオーラから四色の光が智史達のブレスにそれぞれ飛んでいった。 光の宿ったブレスはそのまま装着者と、その光に対応するように光る機体とで呼応し出す。 またしても驚くメンバーを余所に、機体がいきなり装着者を吸い込み始めた。 「えっ、うそぉ! 待って待ってええぇぇっ、まだ心の準備が……っ!」 いきなり宙に浮き出す自分の身体に世那は一際慌て出した。無理もない、彼女は高所恐怖症だった。 隣で悲鳴を上げる親友を後目に、沙夜子は落ち着き払って流れに身を任せている。 「大丈夫よイエロー、落ち着いて? レッドのことだもの、きっと危ない真似はしないはずよ」 「……だと、いいけど……」 顔も身体も強ばらせ、世那は諦観する。そのまま世那は黄色のスポーツカーに、沙夜子は一回り大きな救急車の中へと吸い込まれていった。 一方、智史と勇人は女子組と違い、ワクワクして機体に乗る過程を楽しんでいた。 「へえぇ、博士も粋なことするじゃねえか! こんなオモシロ機能付けるなんてな」 「……まあ、今回ばかりは良い税金の使い方したんじゃない?」 「お前って、親父さんに対して異常に手厳しいよな」 よく無駄遣いするからだよと返したのを最後に、二人も機体の内へ入っていった。 コックピットで全員が機上したことを確認した輝夜は、そのまま内線で次の指示を出す。 「全員いるな? よし、なら操縦席の目の前にある赤いボタンを押してくれ。 そして叫ぶんだ! 自分の真名を名乗り、武装転神(ぶそうてんしん)と」 『武装転神?』 聞き慣れぬ言葉に全員が聞き返す。 まあ、それもそうかと輝夜は思い返していた。自分自身パワーオーラの導きがあったから、すんなりロボ変形の仕組みを理解できたのだから。 だが解せない。みんな俺より先に前世を思い出してるはずなのに、何故武装転神のことは知らないんだ? 《それは貴方が関わっている記憶だから。だから彼等は思い出せなかったのです》 「おまっ、パワーオーラ! それよりどういう意味だ?」 自身の思考を読み取ったパワーオーラに驚くが、それ以上にまたまた意味深な事を伝えてくるそれに輝夜は勢いで問い詰めた。 だがパワーオーラは残念そうに光を瞬かせる。人間だったらうなだれて首を横に振っていただろう。 《申し訳ありませぬ。貴方の記憶の大部分は他の守護獣神と違い封印されているため、これ以上詳しくお伝えすることができないのです。 ただ言えることは、貴方が記憶を取り戻すごとに私も、他の守護獣神も貴方に関する記憶を思い出すことができるということなのです》 思わぬ事実に輝夜は黙り込む。通信機越しに聞いていたメンバーも考え込んでいた。 同時に何故輝夜だけ記憶が無かったのか、そして記憶があるにも関わらず彼の姿だけが影になって見えなかったのか納得した。冷静になった智史が話を切り出す。 「という事はこの武装転神、レッドに先頭切ってやってもらわないと僕等はできないってことか」 「そうね、それにこれからの戦いでもきっとレッドがキーになる。……やっぱり、星川君は特別だったのね」 「え? 何か言ったかい?」 「う、ううんっ、何でもないの! それよりも、今はレッドの動きを待ちましょう」 いつもの調子で打ち消す沙夜子の声に、智史は何か言いたげに口を開きかけ閉じた。微かに呟いた沙夜子の声は聞き取れなかったが、どこか寂しげな響きが気に掛った。 もしかして香月さん、輝夜のこと……。 そう思った途端、言い知れぬざわめきが胸の内に広がる。 胸を締め付けるような感覚にうろたえた智史は、慌てて輝夜のいる輸送機を見た。幸い輝夜に二人の声は聞こえてなかった。パワーオーラと対話するのに精一杯だったからだろう。 最後に二言三言話し、輝夜は再び無線に出た。 「すまない、時間がかかった。今から俺が武装転神を実行するからみんなも真似てくれ!」 「真似るってどうやって? それに真名って何のことだよ」 「早い話が獣神だった頃の名前を名乗ればいいんだ。ま、今からやってみせるからさ。 いくぞ……武装転神、ティダリオン!」 カチリとパワーオーラから鍵が外れたような音が響く。 ついで紅い光が溢れる程に輝きだし、輝夜の乗る機体ごと包み込んだ。 「な、何なんだあの光は!? 一体何が起こってると言うんだ……っ?」 にわかに信じがたい超上現象にまたもや出くわした遠山は狼狽えることしかできない。 「オオーッ、こっ、これは一大スクープだ!! カメラっ、カメラはどこだ!?」 慌ててカメラを探すも半壊したそれが瓦礫に押しつぶされた様を見て、速水は酷く落胆した。 「ああぁぁ……せっかくのトクダネがああぁぁ!」 「そんなこと言ってる場合か!? おい、見ろっ!」 促されるままに空を見上げれば、紅い光を放っていた輸送機が今度は紅蓮の焔に包まれ燃えだした。 「まずいっ、機体が炎上してるぞ! 何をあいつらはチンタラしてるんだ!?」 非常事態に険しく眉を跳ね上げ、遠山は何もしようとしないマイスマン達に苛立つ。 しかし智史達も手をこまねいて見ていた訳ではなく、機体を操作しようとしたができなかったのだ。 おそらく主な操作の解除をレッドが担っているからに違いない。 中にいるマイスレッドは無事なのか? メンバーと遠山達は蒼白な顔で事態を見守るしかなかった。 その様を見ていたダキニは口に孤の字を描く。 勝った……! 所詮、生まれ変わりとはいえただの人間。 守護獣神の力など使いこなせる訳がなかったのだ。 勝利を確信したダキニは悠々と空を仰ぐ。 せめて憎っくきマイスレッドが墜落する様でも拝んでやろう、ありがたく思え。 歪んだ笑みを貼りつかせ、テッキンシンマと共に輸送機を見定めた瞬間、ダキニは我が眼を疑った。 「あ……りゅ、龍神……? 馬鹿なっ、先程までは人間どものガラクタだったはず……!」 彼女の眼に飛び込んできたもの、それは巨大な焔の龍に変化した輸送機だった。 龍がその身をくねらせると纏う焔の燐粉が宙を舞い、神々しい後光となって周囲を照らしていく。 その背に纏う天使の翼は黄金の光を放ち、天から地上へ雨の如く降り注いだ。 「綺麗……。あれが、レッドの獣神としての姿だと言うの?」 ほうと溜息を洩らす世那に、同じく沙夜子も余りの美しさに眼を逸らせずにいた。 眼を見張って驚嘆していた智史と勇人は、降ってきた黄金の翼が自分達の身体の傷や痛みを治している ことに気が付いた。 「これは……治癒の力?」 「俺達の傷をあっという間に治しちまった。これが、武装転神の力なのか?」 「いやっ、まだだ!」 天使の羽根が降り止むと、今度は焔が形を変え蠢き出した。 焔は再び輸送機の形に戻ると、初めにコックピット付近の上部のパーツだけ分離し出す。それから残った下部が胴体となり、縦に真っ二つに折れ曲がり始めた。 そのまま後ろ側に折れ曲がった機体は白い腹部のパーツを反転させ、紅い光を放ちながら龍の紋様を浮かび上がらせる。紋様の黄金色の龍が燦然(さんぜん)と煌めいた。 左右の翼はそれぞれ分解し、一旦、宙で待機状態に移った。 それから本体である機体から、元から収納されていたかのように足のパーツが現れる。両足揃うと足先部分が前に折れ曲がり、小さな車輪付きの黒い足に変わった。 次に離れていた左右翼が翼の下から腕を伸ばし、余った翼を斜めに上げて変形させていく。翼を持った腕が胴体に接合すると最後にコックピット部が飛来し、頭の上から被せるように胴体の上部に填まった。 「ちいぃッ、このまま完成させぬ!」 「させるかッ! 武装転神、クラミカヅチ!」 解呪のキーワードと共に、智史のドリル潜水艦が漆黒の光を放ちだす。余りの強い閃光にダキニも攻撃の手を止めざるを得なかった。 その間に、渦を巻いた波がドリル潜水艦に絡みつき、その姿を全て覆ってしまう。 それは輝夜の時と同様に自身の獣神である玄武の姿へと一時変化し、再び元の潜水艦に戻ると変形し始めた。 「こうしてらんない、私らも武装転神だ! 武装転神、ティンリン!」 「ええ、守り抜いてみせるわ! 武装転神、セレステル!」 「あいつらだけにいいカッコさせるかよ! 武装転神、アウステル!」 それぞれの機体が黄、白、蒼に輝くと獣神の姿に変化し、再び機体の姿に戻り変形し始めた。 智史達の機体が変形している間に、輝夜の輸送機の変形が最終段階を迎えようとしていた。 上部に収まったコックピットから焔が吹き上がり、赤龍の顔を模した兜を身に付けたロボットの頭部が姿を現す。 その眼にはエメラルド色の美しい光を湛えていた。鋭い形の眼に命の光が宿ると、ロボの口元から勇ましい声が朗々と流れた。 「転神完了! 天龍王ティダリオン!!」 焔と見紛うほどの紅色を全身に纏い、龍神が人型に変化したような姿の巨人は真っすぐテッキンシンマへと指を突きつけた。 「そこまでだッ、神魔一族! このティダリオンがいる限り、この星の秩序を乱させはしない!!」 突きつけた指を納め、輝夜改めティダリオンは武術の構えを取る。 その頃、時を同じくし研究室でモニターに映し出されたティダリオンの指を見て、結城博士達は仰天していた。 「なっ、何なんだあれは!? 何故、ジェット輸送機がロボットに変形を!」 「えっ? 博士が秘密に設計してたんじゃないんですか」 「あんなもの、今のロボット工学で作れるわけがないだろう! 一体、何がどうなってるんだ……?」 驚愕の余り呆然と口を噤(つぐ)む博士に、助手二人もただ黙ってモニターを眺めるしかなかった。 一方、対峙したティダリオンとテッキンシンマとの間では早くも戦闘が始まっていた。一つは他の獣神達の変形が完了するまでの時間稼ぎもあるだろう。 テッキンシンマの攻撃を待たずにして、ティダリオンは拳に焔を纏わせ殴りかかった。予想以上の素早い動きに、避ける間もなくテッキンシンマはその面に灼熱の一撃を受け倒れる。 「テッキンシンマ! おのれ天龍王ッ、桜花連扇げ……くッ!」 すかさず攻撃に回ろうと鉄扇を振りかざすも、横から飛んできた水撃が彼女を襲った。 凄まじい水流がダキニを壁に強く叩きつける。 濡れた髪を振り乱しながら鬼気迫る眼で振り返るが、避ける間もなく光の雨が容赦なく降り注がれた。 幻想的な光景であったが、触れただけで全身を切り刻んでいくそれは血生臭さを連想させるには十分だ。 強烈な刃の雨はダキニの美しかった衣装を無残に引き裂き、一瞬にしてボロ布へと変えてしまった。 顔にもいくつか裂傷を負い、白い頬には幾筋も赤い線が走っている。 強か全身を打ちつけられながらも神魔としてのプライドからか、震える身体で這いつくばったまま顔だけでも上げた。 そこには仁王立ちで黄色、漆黒の二体の巨大ロボが立ちはだかっていた。 麒麟の兜姿で佇む黄色のロボが威嚇するように手を構える。 「私らがいる以上、ティダに手は出させないよ!」 「いい加減、覚悟を決めるんだな。ダキニ!!」 ドスの効いた声音で玄武の兜姿のロボが唸るも、ダキニはそれでもなお挑戦的な態度を崩さなかった。 「フンッ、いくら武装転神したとてテッキンシンマは全身が固い鎧。 覚醒して間もないお前達が相手になるものかっ」 「そうかもな。だが、五体の獣神の力が一つになれば……」 「大いなる力に変わる! そうでしょう、アウステル?」 突然割り込んできた声に反応すれば、クラミカヅチ達の背後から新たに白と蒼のロボが進み出てきた。 蒼いロボを見た瞬間、マイスブルーの武装転神化だとわかったダキニはギリッと奥歯を噛み締めた。 憎しみの籠った眼で何か毒づいてやろうと桜色の唇を開く。 だがそれを遮るように、彼女の背後でティダリオンの鉄拳がテッキンシンマの脳髄に炸裂する音が響いた。 土煙と共に轟音を立て、テッキンシンマの身体が大地にめり込む。 体制を戻し、ゆっくり顔を上げたティダリオンのエメラルドの眼がダキニを捉えた。 ひっと引きつるような声が彼女の喉から漏れる。 重い地響きを立てて近づいてくるティダリオンに、徐々にダキニの顔は凍りついていく。 ダキニの真正面まで迫った時、厳粛な声でティダリオンは告げた。 「これで最後だ、ダキニ。お前は俺達を甘く見過ぎていた。 勝つための執念、そして全ての命を守り抜く覚悟がお前の力を凌駕(りょうが)したのだ。 わかるか? これが守り抜くことの強さだ!!」 「嘘じゃ! お前達の思い……執念が、わらわの憎悪を凌駕したと? みっ、認めぬ! 認めん、認めんぞおおぉぉ――ッ!!!」 ダキニの爆発的な怒りが周辺の大地に次々と地割れを引き起こしていく。 憎悪のままに鉄扇を振り払った先には何とテッキンシンマが――。 「待て、悪足掻きはもう止めろ! これ以上、何をするつもりだ!?」 「知れたこと! 極限までテッキンシンマの力を引き出すのみよ!! ……ただし、貴様らを倒せば灰となるがのう。だがそれでもいいっ、貴様らさえ倒せればそれで……!」 無理やり膨大な力を与えられたテッキンシンマの身体は所々ひび割れ始めていた。 だが、ひび割れの間からマグマのように粘着質な赤いエネルギーが垣間見える。 苦しみか怒りからなのか鉄筋コンクリートの野獣は大地を震わす咆哮(ほうこう)を轟(とどろ)かせ、自分を打ち倒したティダリオンへ牙を剥いた。 自動車並みの速度で一気に突進してくる。 反応の遅れたティダリオンは受け止める間もなく直撃を受けた。 「グッ……!」 腹部に突進を受けたティダリオンは向かい側のビルへ突き飛ばされた。 「ティダアァ――ァッ!」 急いでクラミカヅチが駆け寄り、助け起こす。 幸いビルには避難命令が出ていたため無人だった。 息つく間もなく繰り出された破壊光線を寸でで避けると、他のメンバーが攻撃を放って応戦した。 先に上空に飛んだアウステルが、両隣に竜巻を巻き起こしテッキンシンマへと放つ。 勢いよく、風が刀のように野獣を切り裂いた。 抵抗しようとするも風が四肢を拘束し、思うように動かすことができない。 機を逃さずティンリンが両手で三角形をかたどり、そこから三角形の光を発した。 無数の三角の光がテッキンシンマに当たり、衝撃を与えていく。 続いてセレステルの掌から白い砂塵が螺旋状に放たれ、テッキンシンマの身体に小爆発を起こした。 焦げるような音を立てながら、奴の胸部は所々炭化している。 これほど効果的な攻撃にも関わらず、それでもテッキンシンマが倒れる様子はなかった。 ふと先程から動きを見せないダキニが気になり、アウステルはちらと視線を走らせる。 意外にも、彼女は最後に攻撃を放った場所から一歩も動いていなかった。 その面は常から病的な白さだったが、今はそれを通り越し蒼白な顔色になっている。 呼吸はぜいぜいと乱れ、まともに息継ぎすらできていなかった。 いくら神魔四天王が一人とはいえ、あれだけの力を使ったからだろう。 酷い衰弱ぶりだ。 ――今なら、完全に倒せる! 確信したアウステルはダキニにも竜巻を放とうと手を向けた。 瞬間、右手を凄まじい激痛が襲う。 痛みの正体はどこからともなく飛んできた黒い雷だった。 雷は再びアウステルに黒い瘴気を放つ。 とっさに避けて再度ダキニに眼を向ければ、その傍(かたわ)らに先ほどの黒い雷が蠢(うごめ)いていた。 横に縦にと雷は伸びていき、徐々に暗緑色のアンドロイドへと変貌を遂げていく。 完全に形が定まった時、メタリックな装甲だけで覆われたような髑髏に似た顔のアンドロイドがそこに現れた。 口元だけをマスクで覆ったような風貌は、髑髏というより中世ヨーロッパの兜についた覆面を思い起こすかもしれない。 「……ミクトラン、何故?」 「Dr.アスラの命令だ。命を粗末にするなとな」 「え……」 あの冷徹な男が? 期待していなかった助けに動揺するダキニを一瞥し、ミクトランはアウステル達へ右腕を構えた。 無機質な機械音を立て、右腕はガトリング砲の小型版へと形を変える。 「何だ、こいつはっ! このロボットも神魔の一味なのか?」 新たな敵に緊迫するティダリオン達だったが、前方のテッキンシンマにも気を配っているためアウステルに任せるしかない。 アウステルも戸惑ったのは一瞬のみで、すぐさま胸のパーツから風車手裏剣を召喚した。 宙を滑るような動きで、一気にダキニとミクトランの眼前に迫る。 「遅い。やはり、かつての動きには遠く及ばぬか」 「なッ、いつの間にッ!」 優勢だったはずのアウステルの動きより先に、ミクトランの火砲が火を噴いた。 何とかぎりぎりで防いだが、顔を上げた時には二人の姿は忽然と消え失せていた。 「クソッ! また逃げられたか……」 三度も仕留めそこなった自分の無力さに苛立ちすら覚える。 悔しさを堪え、今は残る障壁たるテッキンシンマを倒さんと彼は一目散に仲間の元へと向かった。 アウステルが駆け付けると同時に彼の目に飛び込んできたものは、ティダリオンが右足を振り上げ、テッキンシンマの横腹をえぐるように蹴り飛ばした瞬間だった。 だが、パワーアップしたことで彼の攻撃を受けても軽く踏みとどまっている。 続けざまにクラミカヅチが掌から激しい水流を巻き起こすも、覇気だけで弾き飛ばされてしまった。 「どうする? このままじゃ手も足も出ねえぞ!」 焦燥に駆られたアウステルが声を荒げる。 「何とかしたいが、今の僕達には武装転神以外手は……」 「そんなっ、せっかく強くなれたのにこんなのって! こんなとこで……こんなとこで私らは終われないのにっ!」 自らの無力さに誰もが苛立ちと絶望を感じていた。 ティダリオンは思う。 自分の記憶さえあればすぐテッキンシンマを倒せたのに……! いつも、いつも肝心な所で足を引っ張るのは俺。 もう、足手纏(まと)いにはなりたくない。 何か、何でもいいっ! 奴を倒せる方法はないのか!? 「ティダ……」 縋るようにセレステルはティダリオンを見つめる。 他のメンバーも残る望みを彼にかけていた。 策の尽きた彼らを敵は待ってくれない。 こうして悩んでる間にも神魔獣は次なる一手を放とうとしている。 背中の棘から稲妻を発生させ、それをエネルギーにテッキンシンマは口から何かを放射しようと動きを見せた。 ――もう、待ったなしだ。 重い決心を胸に、ティダリオンは胸部から小型版の拳銃を召喚した。 「みんな、すまない! がむしゃらな戦法になるが、地道に奴の体力を削るぞ! これしか……方法が無いんだ」 重く吐き出された言葉に、仲間達は何も言えなくなった。 わかっているのだ、一番辛いのが指令を出す輝夜だと。 仲間を盾にしないため、ティダリオンは自ら一歩前に出る。 悲壮な覚悟で全員が気を張り詰め、手に神力を込めた。 その時だ、足元から太い怒鳴り声が彼らの耳に届いたのは。 「何をうじうじしてるんだ、貴様らはああぁぁぁ――っ!!!」 余りにも喧しいその声に全員呆気に取られる。 見れば顔を真っ赤にして怒鳴り散らす遠山と、彼の両脇を捕えて必死で落ち着かせようとする速水だった。 「おいっ、マイスマン!! さっきから何をやってるんだ! お前ら、(自称)ヒーローなんだろう!? だったら単体で攻撃してないで、子供のおもちゃみたいに合体してさっさと倒せ!!」 「……合体、子供のおもちゃ…………?」 何か重大なひらめきを手繰り寄せるようにティダリオンは遠山の言葉を繰り返す。 「何だ? お前ら戦隊ものやってんだろう? だったら日曜朝の戦隊ものみたいに五体で合体して倒せるんじゃないのか?」 「あ――っ、それだ!」 突然叫んだティダリオンに遠山含む全員がびくっと肩を揺らす。 周りの様子に気付かず、彼はそのまま頭を抱えて嘆き出した。 「うわああ――っ、俺としたことがあぁぁ――!! 何が特撮に於いては知らないことはないだっ! 一番、特撮いや戦隊オタクとして忘れちゃならないことを……! すいません、歴代レッドの皆さま! これじゃ俺……まさしくレッド失格ですね」 「はぁっ、オタク!? レッド? 一体、さっきから何を言ってるんだこいつは。 おいっ、そこの黒いロボット! お前もこの紅いやつの仲間なんだろ。 なら、何が言いたいのかこっちにもわかるように訳せ!」 ティダリオンのオタク魂に火を点けてしまったことに気付かず、遠山は困惑気味だ。 クラミカヅチはそっと隣の親友を見ると、諦めたように首を横に振った。 「すいません、こうなった彼は誰にも止められないんです。 それに長い付き合いですが、僕にも彼の言ってることはわからない時がありますし」 要するにこっちの世界に戻ってくるまでそっとしとけということだ。 お手上げ状態な常識人二人を余所に、速水だけは吹き出しながら笑い続ける。 人が必死な時に不謹慎な奴め! 苛々の解消のために遠山は軽く速水の脇腹を肘で突いた。 途端に身体をくの字に曲げて悶え出す。 ざまあみろ。 ちらと浮かべる腹黒い笑顔に、ティダ達だけでなく同じ腹黒属性のクラミカヅチでさえも引いた。 「……いいのかよ、仮にも警官が」 引きつりながらもツッコミを入れるアウステルに内心彼らは賞賛を贈る。 「細かいところは突っ込むな。 あの人は色々厄介だぞ。俺、あの人の殺気だけで涙目になったもん」 「やっと戻ってきたのかよ。 取りあえず戦闘中だけはその妄想を自重しろ」 色々な葛藤に蹴りをつけ戦闘モードに戻ったティダリオンに、アウステルの容赦ない突っ込みがきた。 「うっ……」 思わずたじろぐがいつまでも敵をスルーできず、慌てて意識を切り替える。 「わっわかってる、今はテッキンシンマを叩くことが先だからな。 一か八かだが、合体やってみるぞ!」 今、無理やりまとめたよねというティンリンの呟きを咳払いで一蹴する。 「いくぞ! ……獣神大覚醒!!」 勢いでやったことだが、無意識にティダリオンの口から呪文が流れ出していた。 そのことに驚く間もなく、急に自分の身体が紅く光り出す。 皆も同じく、各々の色をした光を放ち出した。 そのまま全員ふわりと浮き上がると各々の身体のパーツが分解していく。 その一つ一つがブロックのように組み合わさり始めた。 しかもただ組み合わさるだけじゃない。 分解した各々が変形し、腕や足など身体の各部位のパーツに変わっていくではないか。 発破を掛けた遠山と速水も、どこかテレビで見る特撮作品でも見てるような気分で眼の前の不思議な光景を呆然と眺めていた。 分解したパーツは、見えない磁力で引き合わされているかのように何の違和感なく結合していく。 徐々にそれは先ほどよりも大きな巨人の姿へと変わり始めていた。 実のところ、変形時間は人の眼で追えないほど早い。 だが普段から動態視力を鍛えてる速水はそれを物ともせず、冷静にその様を解説した。 「あ、最終段階に入ったようです!」 飛行形態に戻ったティダリオンが滞空状態で胴体部に近接し始めた。 両翼をしまいこむように折り曲げ、捩じるように腹部を回転させると、翼を象った金色の装飾の真ん中に紅玉が填め込まれたパーツに形を変える。 そのまま胴体部にある窪みと違和感なく接合し、最後に接合したパーツから紅い兜に金色の羽根飾りが付いた頭部が姿を見せた。 レモンイエローの眼に強い輝きが溢れ出す。 「完成! 武装降臨、獣神大帝!!」 ロボの口元からマイスレッドの勇ましい声が辺り一面に響き渡った。 ずっと眼を離さず見ていた速水が根っからのレポーター根性で早速食いつく。 「おーい、マイスレッド! またさっきみたいにロボに変身してるのか!? 他の皆はどこに?」 「速水さんですか。 俺達はコックピットにいます! 合体したことで精神体でなく実体で操作できるようになったようです」 「場所は?」 「それは秘密です。 敵の前で自らの弱点を晒す戦士はいませんから」 そう言い、身体ごとテッキンシンマの方へ向ける。 気のせいか何の感情も映さないはずの獣神大帝の眼に厳しい色が見えた。 「ここからは、奴らの独壇場だ」 しばらく様子を見ていた遠山が静かに速水を制した。 速水も人知を超えた戦いを前に黙然と頷く。 暴走し掻き毟るように頭を振る神魔獣をどう倒すかと、輝夜は操縦レバーを引きながら距離を詰めていた。 その脇では智史がミサイルの照準を合わせ、いつでも打てるようスタンバイしている。 しばらく息をつめて見張っていると神魔が動き始めた。 無茶苦茶に腕を振り回しながら、先程よりも素早く迫ってくる。 また突き飛ばされるのでは危惧した沙夜子だったが、勇人と二人で足部のモーターを最大限動かしたため踏ん張ることに成功した。 「やっ、やったわ、私達!」 「すげえ……、さっきより馬力が全然違う。 アクセルがとても軽いぞ!!」 「ナイスフォロー、ブルー!」 「フッ、そっちもな」 めずらしく互いに眼を見合せ笑い合う。 なおも暴れるテッキンシンマに今度は世那が動いた。 「こんにゃろおー! 見てなっ、メガトンパンチ!」 勢いよく繰り出された鉄の拳が神魔獣の頭部に直撃した。 痛みに悶え、地べたに転がる。 それでも獣神大帝の足元を引っかけようとしたため、ロボの右腕からミサイルを大量に降り注いでやった。 「やれやれ、おいたが過ぎる悪い子にはお仕置きだよ」 フフフッと微笑む智史にすぐ隣の輝夜はそろりと距離を取る。 心なしか智史以外、遠山と速水も含め青ざめていた。 そんな空気をものともせず……というより判断できない神魔獣は、狂気の雄叫びを上げながら獣神大帝に飛びかかってきた。 「くるぞ、レッド!」 「ああ、これで決める!」 言うが早いか、手元の液晶パネルを指先でも踊らせるかのように触れていく。 「来いっ、一の太刀!!」 獣神大帝の胸部の宝玉が白く輝いた。 光は強弱をつけて激しく明滅を繰り返す内、一際大きな光を放つと龍を象った柄をそこから浮き上がらせていく。 そこに手を伸ばすと、鞘から抜き出すように刀を掴み出した。 そのままブンッと音を立てて振り上げ、敵を仕留めんと狙いを定める。 神魔獣も身体から蒸気を吹き上げながら爪を研ぎ、獣神大帝を迎え撃つつもりだ。 一切の躊躇無く獣神大帝から動いた。 刀を構えたまま滑るように突進する。 機を逃さずテッキンシンマの爪が獣神大帝を貫いた。 「っ……マイスマン!!」 速水の悲痛な叫びが轟く。 だが遠山はおいと速水に呼びかけた。 「獣神大帝が、神魔の後ろにいるぞ」 「何だって!? いや、しかしさっきまで間違いなく神魔の前にいたのに」 テッキンシンマに貫かれたはずの獣神大帝は何故か無傷でその背後にいた。 刺されたはずの獣神大帝の姿は揺らぎ初め、空気中で溶けるように消えていく。 「どうだ? 陽炎(かげろう)の舞いは。 幽玄を現すこの舞いはどんな者であれ、その実体に触れることは敵わない」 静かな輝夜の声が耳朶を打つ。 左手に構えた刀を神魔獣の首にピタリと当て、その眼が強く煌めいた。 「とどめだ! 剣神の舞い・龍の咆哮(ほうこう)!!」 刀の先から金色の焔が吹きあがり、一気に刀身全体へ纏わりついていく。 そのまま舞うように刀を一閃振り抜いた。 刀に宿る焔が金色の龍となり、剣戟と共にテッキンシンマの身体を切り裂く。 首から腹部まで斜めに抉り取られた神魔獣はしばし佇むものの、やがて限界がきたのか大爆発を起こし消し飛んだ。 刀を下ろし威風堂々と空を仰ぐ獣神大帝を、赤と黄金の夕日が真っ赤に染め上げる。 激戦は幕を閉じたのだ。 ★ ★ ★ 翌日、無事に学校に来れたことに輝夜は密かな感動を覚えていた。 あの後、ロボの状態から分解し、戦闘機などに戻った状態で全員研究所へと去って行った。 後ろから遠山と速水が何かしら叫んでいたが、こちらの正体を教えろとかそういうことを言ってたような気がする。 本当にメカを引きつれて来て良かった。 教室では昨日のマイスマンと神魔獣との戦いが話題になってるようだ。 そんな中、輝夜だけは珍しく智史達とも離れ廊下に出ていた。 丁度今は昼休み。いくらでも遊べる時間だ。 智史は昨日の戦いでの疲れからか授業中でも船を漕いでいた。 居眠りすることのない彼がそんなことをしていたため、クラスメート達だけでなく鬼がわらも驚いていたほどだ。 当然、ただいまお昼寝中という訳だ。 世那と沙夜子も疲れていることに変わりなかったが、俺様会長×脇役平凡受けの新巻が出るとかで妙にみなぎっていた。 こういう時、女の方が逞しいのだろうかと思ってしまう。 自分にはわからない……いや、わかったら危険だろう。 そんな会話には入らない方がいいと思い教室を出て今に至る。 ぼんやりと図書室まで行こうかと歩いていると前方から勇人と鉢合わせになった。 学校では慣れ合うつもりもないため、いつものようにそのまま通り過ぎようとする。 「俺は星川輝夜のことは認めねえ。 だが……マイスレッドのことは認めてやる」 驚き立ち止まる輝夜にフンッと鼻を鳴らし口端を釣り上げる。 やがて理解した輝夜も挑発的な笑みを浮かべた。 「奇遇だな。俺もだ、ブルー」 第4話 完 [*前へ][次へ#] [戻る] |