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猫の守護神さま!
3
 どうにかして浅間を正気に戻したい。
 しかし俺が側にいる限り、それは叶わないだろう。
 俺が浅間をこんなふうにしてしまった張本人なのだから。
 俺に触れられることに恐怖すら覚えるのか、ひたすら俺の腕から逃れようと身をよじる。
 本当なら手を放すべきかもしれない。
 だが今手を放したら、あの窓から飛び降りかねないと感じ、無理やりこの場に引き止めるしかなかった。

「放してっ、放してはなしてっ!
もう、いやだっ。たすけて・・・・・かいりいぃぃぃ!!!!」

 一際大きく叫んだ神明以外の男の名に、一瞬身体が強張る。
 そして浅間の声に応えるように、空き教室の扉が大きく蹴破られた。

「桜火!!」

 勢いよく飛び込んできたその人物に、俺は眼を見張って驚く。

「宗像・・・・・・、何でてめえが」

 言いかける俺の口が止まった。
 ある一点――全裸で全身に愛撫の痕を残した無残な姿の浅間を凝視し、宗像が声も無く固まっている。
 そして浅間が涙声でかいりとか細く呟いたのを耳にした瞬間、宗像は静かに俺へと眼を向けた。
 その視線と交わったとき、全身を万年雪の如き冷たさが襲った。
 そこには、鬼がいた。
 血の涙を流す鬼が。

 人を見て恐怖したのは生まれて初めてだ。
 血も凍るような恐ろしい形相の宗像を前に身体が動かなくなる。
 気付いたときには、思ったよりも長い足で全身を蹴り飛ばされていた。

「がっはぁ・・・・・・!」

 受身を取ることすら忘れていたため、周りの機材を派手に巻き込み床へと転がる。
 それでも追求の手を緩めない宗像は容赦なく俺の胸倉を掴み、引きずり起こした。

「誰が寝ていいと言った? さあ、立て。
まだ始まったばかりなんだからな」

 一切の笑みすら浮かべず、その白眼の部分は病的なまでに薄青く変色している。
 その表情は人を刺しかねない狂人そのものだった。
 何とかその手を振り払おうと殴りかかるも、避けるどころか攻撃を受けながら俺の顔面をその倍にして殴り返してくる。
 俺より弱いはずの男だというのに、今の奴は互角と言ってもよかった。
 ぞっとするような低い声で宗像が唸る。

「許さん、お前だけは・・・・・・桜火を穢(けが)したお前だけは絶対に!!」

 殴られ続け、徐々に痛覚が麻痺(まひ)してきた。
 顔が大きく腫れあがってきているのが自分でもわかる。最初こそ殴り返していた俺はやがて手をおろした。
 もういいと思ったからだ。
 浅間を最愛の人だと気付かず貶め、穢してしまった俺などどうなってもいいと。
 諦めたように無抵抗になる俺に構うことなく、宗像の攻撃は激しさを増す。
 次の一撃を喰らえば、俺は無事では済まないだろう。
 それでも俺は避ける気はさらさらなかった。
 これは罰なんだ。
 謝りたかった相手であり、想い人を傷付けた己への。
 この程度では何の罪滅ぼしにもならないが、自分自身の愚かさを二度と消えない傷を負うことで忘れたくはなかった。
 覚悟を決め、静かに眼を閉じる。
 だが、いつまで経っても予想した痛みが襲ってこない。
 恐る恐る眼を開くと、宗像を止めるように後ろから浅間が抱きしめていた。
 それは常とは違い弱弱しく、縋り付くような姿ではあったけれども。
 透明の雫を零しながら、切々と訴えてくる。

「お願い、海里・・・・・・もう、いい。もういいから、やめてっ。
俺がっ、俺がこんなふうだからぁ。ごめんなさいっ、海里ぃ」

 泣いて止める桜火に、後悔からか宗像は悲痛に顔を歪めた。

「桜火・・・・・・、桜火っ、すまない。すまなかった!」

 俺から手を離し、己より身体の大きい浅間を逆に抱きしめる。
 その声はただただ悲しさと後悔に震えていた。
 慰めるようにしばらく浅間の背を撫でていた宗像は、最後に俺を鋭く睨み付けた後、ぼろぼろの浅間を伴いここから離れていった。

 誰もいなくなった空間で、俺は片手で眼を覆う。
 堪えられそうに無い。
 自業自得とはいえ、浅間から拒絶される日々しか待っていないことに。

「何で俺は、那智が桜姫だと思ったんだ」

 誰かを傷付けたくない、そのために強くなる。
 そう誓った桜姫と似た発言をしていたからか。
 最初はただ煩い嫌悪の対象でしかなかった。
 だと言うのに、姫に似た発言を聞いただけでそう思い込むだなんて・・・・・・。
 思い込む?
 らしくない。今までだって、桜姫を意識した振る舞いをする学園生は後を絶たなかったじゃないか。
 少しでも桜姫のように支持されたいという浅ましさが見て取れる行為に、俺は心底そいつらを嫌悪していた。
 親友を失い、憔悴(しょうすい)しきっていたあいつの何がわかると言うんだ。
 桜姫の表面上の格好や言動ばかり真似て、俺に媚びる連中は俺の中では所詮偽者の域を出なかった。

 そうだ、那智だって同じじゃないか!
 一見誰にでも平等なふりして、可愛い顔立ちの生徒を褒めることは決してない。
 あいつの語る正義は正しく思える反面、特定の人間にのみ向けられる歪(いびつ)なものだ。
 そんな人間のどこが良くて一緒にいたというのだろう?
 もはや今の俺にはあのときの自分の言動が理解できないものになっていた。
 おかしな点といえばもう一つある。
 那智と初めて会ったとき、何か重く息苦しいようなものが入りこんできた感覚があった。
 それからじゃなかったか、浅間とクロ丸に対して更に感情が悪化したのは。

「そういえば、会計の鹿島も」

 浅間が額に手を当てた後、明らかに様子が変わっていた。

「確かめてみる必要があるか」

 もうしかしたら、あいつにも俺と同じ『変化』が起こっているかもしれない。
 鹿島の額から出て行った黒い霧の正体も気にかかる。
 浅間への後悔と恋慕の念を押さえ込むように、俺は重い身体を起こし始めた。



【SIDE END】


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あきゅろす。
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