猫の守護神さま! 2 【NOSIDE】 桜火が立ち去ったのを足音で確認した雷也は、一転して静かな表情で海里に視線を向けた。だが凪のような眼の奥には、確かに苛烈な焔が渦巻いている。 それは海里をその瞳に映した途端、さらに激しさを増した。 「なあ、宗像。お前ら何時の間に仲良くなったんだ? この間まではお前だって浅間を遠巻きにしてただろ。ずいぶん急な心変わりだなあ、おい」 口調も至って平坦だが、その裏に今まで桜火の努力を見てこなかったことに対する怒りをひしひしと感じた。 雷也が怒るのも無理はない。表だって非難したことはなかったものの、海里もまた生徒会長が横暴な俺様だと思い込んでいた生徒の一人だったのだから。 だから、容赦のない雷也の言葉をただ黙って受けていた。 何も反論してこない海里に、さすがに罰が悪くなったのか雷也は大きく息を吐く。 「悪い、さすがに大人げなかったな。ただ俺はずっと生徒会顧問としてあいつの頑張りを見てきたから、何もわかろうとしない多くの生徒達にかなり苛立ってしまってな。 ……ま、一番どうしようもないのは教師として何にもできてない俺なんだがな」 自己嫌悪で顔を歪め、そのまま両手で顔を覆う彼に拙いながらも海里は何とか慰めようとした。 今の彼はあまりにも自分と似ている。だからこそ余計放ってはおけなかった。 「北野先生は俺達と違って、ちゃんと桜火の頑張りを見ていたじゃないですか。どうしようもないのは下らない噂を流した副会長達とそれを真に受けて広めまくる森ノ宮ですよ。 先生はこの権力が物を言う世界でかなり健闘してる方だと思います」 あれだけの苦難を受けながらも、濁ることなく相変わらない眼に見つめられた雷也はどこか気弱な笑顔を見せた。 「凄いな……浅間といい宗像といい俺のクラスの生徒達は」 「教師がホストだと反面教師として生徒がしっかりしてくるんです」 「クッ、最後の最後で突き落とすような発言を!」 「飴と鞭の応用です」 良い笑顔で応える海里に、雷也はがくりと肩を落とす。どうやら桜火を可愛いと言った発言を根に持っているらしい。 「宗像、お前まだあの発言を気にしてんのか……」 「何のことですか? 先生のおっしゃってる意味がよくわかりませんが」 素知らぬ顔ですっとぼける海里に、雷也の口端がひくひくと痙攣する。 「無自覚かよ、性質が悪いな」 「無自覚って何がですか?」 「いや、わかってないのならいい。むしろ気付いてない方が好都合……じゃなくて、少し話を変えるぞ。 お前、浅間とクロ丸仮面の関係性についてどう思う?」 いきなり核心に触れるような質問を投げかけられ、海里の心臓は大きく跳ね上がった。 だがそれを顔に出すような真似はしない。 涼しげな眼元を微動だにせず、海里は軽く話を流す。 「関係性って、ただの同盟関係でしょう? 会長自身もそう言ってたことですし」 「本当にそう思うか? 俺はただの同盟関係とは思えないのだがな。それにしては親密すぎると言ってもいい。 俺が思うに浅間とクロ丸仮面は……同一人物ではないだろうか」 何かしらの確信を持って放たれた言葉に、思わず戦慄が走った。 この担任はきっと気付いている。桜火がクロ丸仮面本人だということに。 気付いた上であえて自分に問いかけているのだ。 急に親密になった桜火と海里。これに疑いを持たない人間などいない。 ましてや桜火は、近寄りがたい冷酷で俺様な男だと散々騒がれていた人間だ。海里のような地味で目立たない立場の人間と仲良くなるなど考えにくい。 色々と墓穴を掘った自覚はある。 ここで桜火がクロ丸仮面だと明かすことは簡単だろう。雷也はその前提で話を進めているし、きっと海里の言うことを信じてくれるはずだ。 個人的には桜火の頑張りを全校生徒に認めてもらいたいと思う。それも切実に。 だがここで桜火の秘密を明かしたところで、果たして今の桜火の立場は良い方へ転がっていくだろうか? 生徒会と風紀が敵に回った以上、表だってクロ丸仮面を救おうとする生徒はいないはず。 それに正体不明の守護者として活躍していたからこそ、生徒会長としての彼だけではできない活動を成し遂げることができていたのだ。 桜火がクロ丸仮面であることを明かすのは、彼を窮地(きゅうち)に追いやることに他ならない。 海里の答えは一つだけだった。 「それはいくらなんでもありえませんよ。昨日、俺は特別棟で襲われていたときにクロ丸仮面に助けられました。 片や会長はその日のその時間は生徒会室で仕事していたそうです。本館から大幅に離れた特別棟に行くのに、どれだけ時間がかかると思ってるんですか?」 「つまり浅間にはアリバイがあると?」 「俺はそう思っています」 淀みのない凛とした受け答えに、雷也の中で迷いが生じる。 それでも疑惑から完全に抜け切った訳ではなく、もう一度何かを探るような眼で海里を見据えた。 「……信じていいんだな?」 「少なくとも、これが俺の知る限りの情報です」 「知る限り、か。いいだろう、今はそれで納得してやるよ。ほれ、これが倉庫部屋の鍵だ。失くすなよ」 音を立てて渡された鍵を掌の上で大事に包み込む。 顔を上げた海里に、雷也はそれはそれは挑発的な笑みを向けた。 「何ですか、その笑いは」 「いやあ、お前はそのまま浅間と良い『友情』を築いていろよ?」 「色々と含みがあるように聞こえるんですが」 年相応に不機嫌そうな顔を見せた海里に、ますます雷也はクツクツと喉の奥で笑う。 「この通り俺の性癖はバイだが、生徒に手を出したことは一度もない。乳臭いガキには興味ないからな」 「そんなこと誰も聞いてませんが」 「なあに、だだの独り言だ。だがな、あいつは違った。 高校生の癖に子供らしさというものが一切ない。 おまけにこの俺にデカイ口叩きやがる。最初はただの世間知らずで生意気な、金持ち坊ちゃんの典型野郎だと思ってたさ。 そいつが口だけじゃない有能な男だと知るのに時間はかからなかった。それからだ、俺が浅間に惹かれたのは」 眼を細めて、丸で眼の前に愛しい存在でも見ているからのように彼は語った。 要はただの惚れ気を聞かされただけ。 それだけなのに、何故自分はこんなにも苛々しているのだろう。 自分の桜火に抱く感情は友愛だ。だというのに、何故。 明らかに不快感の増した海里の眼を見て、雷也は勝ち誇ったような顔でにやりと口角を上げる。 ま、絶対教えてやらねえけどな。 お前のその感情の正体だけは。 口に出すことなく、その言葉は彼の胸の内だけで溶けて消えた。 【SIDE END】 [*前へ][次へ#] [戻る] |