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猫の守護神さま!

 今日、僕は彼とほんの僅かしか過ごせなかった学校、私立梅宮(うめのみや)学園の中等部へと戻ってきた。
 学校というには些か立派な赤レンガの校舎は、明治時代に建てられたものを内装だけ現代的に作り替えられたものだ。
 如何にも金持ち御用達の私立校といった風情を漂わせているが、果たして中身の品位はどうだか。
 
 久々に顔を見せた校舎では、会う人が悉(ことごと)く僕に頭を垂れてきた。
 まるで主従の真似事のようなこの学園の悪しき風習に、今の僕は苛立ちしか覚えなかった。
 この学園は外部の人間から見たら、あまりに異様な因習の渦巻くところだろう。僕自身の経験から言わせてもらえば、心臓の病から病院内の学校と普通の公立小学校を行き来していたため、ここの子達みたいにこの奇妙な因習を当然のこととして受け止めることができなかった。
 もちろんそれは晃も同様で、だからこそ僕達は最初の内は良くも悪くも目立ってしまっていた。
 今思えば、入学式の時点ですでに目を付けられていたのかもしれない。
 僕ではなく、晃が……。

 この学園の因習の忌むべき最たるもの、それは家柄と容姿に対する異常崇拝だった。
 皮肉なことに僕の容姿と家柄は彼等の崇拝対象として、否応なしに組み込まれてしまった。そして、どこぞの宗教よろしく、僕を崇拝し世話をする親衛隊なる集団が作られ始める。
 男子校であるにも関わらず、だ。異性に向けるならまだしも、同性である僕をただの羨望の対象ではなく、性の対象として見られていることに気付いたときは、ただただ困惑しか浮かばなかった。
 自分を祭り上げられることに言い知れぬ恐怖を感じた僕は、親衛隊の活動を止めるようにと注意した。
 一体、誰がそんな活動を許可をするというのだろう?
 大切な親友に対し、家柄の低い平民呼ばわりした挙げ句、俺に近づいたというだけで凄まじい制裁という名の暴力を振るってきたあの集団のことを――。

 事件後、本調子ではない僕をクラスメート達は遠巻きにしながらも、恐る恐る気に掛けてくれた。
 悲しいね。結局、僕が弱いばかりにクラスメートからの優しさも受けとることができないなんて。
 僕に大っぴらに話かければ、その子に待つのは悲惨な制裁……。それでも精一杯の距離で心配してくれるクラスメートの勇気と優しさが、今の僕には無性に辛かった。

 晃を制裁から守れなかった僕にはみんなの優しさを受ける資格なんてないのに。
 知らず僕を孤立させる方向に動いている親衛隊でさえも、自分達から僕に近づいてくることはない。勇気を出して、僕から近づいていったこともあったが、その時言われた言葉は、

「ぼっ、僕らのような者達が浅間家の方に話しかけるなんて恐れ多い! 桜火様を見ているだけでも僕らには十分すぎることなのに、そのうえはっ話掛けるなど……っ。
申し訳ありませんが、僕ら親衛隊と話される際には隊長と副隊長に話を通して下さいっ」

 と、どこか憧れと恐れの入り混じった態度だった。  後々わかったことだが、親衛隊の中でも明確な序列があり、家柄と顔立ちが優れた者が親衛隊長と副隊長、その他幹部に抜擢されるらしい。
 おそらくその子は親衛隊の中でも下っ端だったのだろう。だから隊長格を差し置いて僕と会話したことで、顔を真っ青にしたのだろう。
 
 つくづく嫌になった。この学園のシステムが、家柄と顔が全てだというこの閉鎖的な空間が。
 いや、牢獄の間違いか。皆、まだ中学生だというのに早々とこのシステムに染まっていってる。
 それが僕には途轍(とてつ)もなく恐ろしかった。
 晃亡き今、この冷たい牢獄の中で、僕は実質一人ぼっちだ。誰も、味方などいない。

「晃……、僕、一人は嫌だよ」

 行きたい、今すぐ晃の元へ。こんな恐ろしい所で、晃を殺した人間達とそのシステムがある場所で一人でいるなんて、耐えられない。

 涙を堪えるため、俯きながら、ただひたすらに階段を駆け上がっていく。過呼吸を起こしながらも僕は走ることをやめない。
 途中、たくさんの生徒達が僕を振りかえっていたようだが、この時の僕にはそれに気付く余裕すらなかった。
 今はただ誰の手も届かない場所に行きたい。
 気付いた時には非常階段を登り切り、屋上のドアの向こう側へと走りぬけた後だった。

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あきゅろす。
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