猫の守護神さま! 特別棟での出会い いつものようにクロ丸仮面に変装した後、俺は早速特別棟へと瞬間移動した。移動するほんの僅かに周りの空気が歪むも、すぐに歪みが消え、特別棟の空き教室へと風景が変わる。 毎度のこと故に、この移動方法にも慣れた。まだ自分の力を自覚できていなかった幼少の頃は、突然見知らぬ場所に飛んでしまい何度大泣きしたことか。 そのたびに感知能力に優れた爺様と伯母様に助けてもらい事なきをえたことを思い出す。 「ほんと、力を持ってるのが俺だけじゃなくてよかったよ。 爺様達がいなかったら、悪い人に捕まって実験室送りになってたかも……」 有名どころでロシアの超能力実験施設が思い浮かび、薄ら寒い心地になる。嫌な考えを頭から振り払い、俺は早足で人の気配がする方へと向かった。 さっきからずっと荒々しく粘着質な悪意を感じるのだ。それも特別棟の昇降口付近から。 この校舎には実験室や音楽室など特殊な授業のときにしか使用されない部屋が数多くある。そのほとんどが空き教室であるため、倉庫代わりとして使っている部屋もあるほどだ。 だからこの特別棟付近は、制裁や強姦現場として利用されやすかったりする。基本的に誰も近づかないからだ。 先程から感じるこの嫌な思念も、おそらくは制裁か強姦かのどちらかだろう。もしくは両方か。 いずれにせよこの悪意の凄まじさでは、一刻を争う事態になりかねない。俺は空間移動を繰り返しながら、昇降口へと急いだ。 人に見つからないよう跳躍を繰り返し、僅か一分で昇降口へ辿りついたその先。 複数の生徒達が輪になって取り囲んでいるその中心を見た瞬間、ざわりと心の奥底で怒りの波紋が生じた。 所々土埃にまみれた制服に、大きくはだけた胸元に点在する歪な赤黒い痣(あざ)。 顔だけはばれてはまずいと判断したのか、そこだけは不自然なほど綺麗なままだ。しかしその顔は病的に青白く、身体中に広がる痛みを堪えるかのように苦痛に歪んでいる。 「宗像君……!」 見間違い様がない。彼は同じクラスの宗像君だった。 満身創痍な彼を嘲笑いながら、小柄で比較的可愛らしい顔をした生徒達が容赦なく蹴りつけている。その後ろには下卑た笑いを浮かべる大柄な生徒達が控えていた。 この小柄な生徒たちには見覚えがある。彼らは副会長親衛隊のメンバーだ。 この屈強な生徒たちは空手部崩れの人間だな。この間風紀に連行されたというのにまだ懲りないとは……。 大方親衛隊の子達から身体の関係と引き換えに、宗像君への制裁を請け負ったというところか。 その生徒達のリーダー格――副会長親衛隊幹部が、ぞっとするような笑みを湛え、宗像君に語りかける。 「フフッ、これで少しは懲りたぁ? 君が悪いんだよぉ、僕達が石清水様に近寄るなと言ったのに言いつけを守らないから。 平凡で、しかも大した家柄じゃないくせに石清水様だけでなく生徒会の皆さまに近づくなんて!!」 「そうだよ! 僕らでさえおいそれと近づける存在じゃないあの方達に、転校生を利用して近づいてっ!! この卑怯者!!!」 幹部の子の発言を皮切りに皆が皆、口々に宗像君を責めていく。 どこか卑怯だと言うんだ、彼らは。見てわからない? 時々生徒会室に連れてこられてたのを見たことがあったけど、宗像君、とても嫌そうだったよ。 いつも一緒だった白山君の姿がなかったから、無理やり森ノ宮君に連れ回されてるのがすぐにわかったさ。 彼を連れ込むたびに俺が止めていたけど、残念ながら効果はなかった。 ごめんね、俺がしっかり見ていればこんなことにならなかったかもしれないのに……。 「ねえっ、そろそろこの生意気なのやっちゃって!」 親衛隊幹部の金切り声に、背後で控えていた男達が動き出す。 「へへっ、悪く思うなよ。てめえみたいな奴じゃやる気が出ねえが、これが終わればメインディッシュが待ってるからな」 「俺、こいつ相手に勃つ自信ねーんだけど。 まあ、たまにはいいか」 ゲラゲラと厭味ったらしく笑いながら、その汚らしい手を四方八方から宗像君に寄せようとする。 だがそうはいくか。 咄嗟(とっさ)に俺は、手の中に持っていたクナイを彼ら目掛けて放った。 クナイは迷わず、彼らの手の甲を切り裂いていく。 「うああぁぁ!! 手がっ、手が切れたあ!」 「いってえ!!」 それぞれに呻き声を上げながら一斉に手を庇いだす男ども。突然の事態に親衛隊員達も慌てだす。 「なっ、何!? かまいたちか何かなのっ!」 「かまいたちとは面白いことを言ってくれるじゃないか。もっともその通りならば、自然の神でさえも君たちの所業にはお怒りだろうね」 いきなり割って入った第三者の声に、全員が眼を見開いた。警戒心全開で第三者こと俺の方を振り返る彼らに、俺はわかりやすくクナイを掲げて見せる。 「あっあんたは……クロ丸仮面か!!」 屈強な男の一人が俺を指さして震えあがる。 「やあ、久しぶりだねえ。これで君の強姦未遂現場に立ち会うのは二回目になるかな? 前回の事で懲りたかと思えばまた繰り返すとは。 君達もだよ、副会長親衛隊。いい加減、無駄な制裁をやめたらどうだい? そんなことしたって石清水は君たちに振り返らないよ。それに、転校生に巻き込まれただけの子に揃いも揃って八つ当たりするとは。 君達強姦未遂犯と親衛隊の暴走を止めるのに、毎度毎度駆けまわってる僕の努力は一体何だったんだろうね? 本当に人の事……なめてんのか貴様らあぁぁ!!」 日頃は抑えていた怒りが彼らを前に爆発した。 前回遭遇した生徒達はもちろん、初めて俺を見た親衛隊員達は一気に震えあがる。 「にっ、逃げろ!!」 あのときのように再び逃げようとする体育会系の男達に、俺は弦を巻き付けたクナイを放った。 彼らが逃げようとした先の地面にクナイが突き刺さる。それと同時に、クナイに巻いていた弦が彼らの身体をクモの巣状に縛りあげた。 出来上がったものは、俺という捕食者に食われるのを待つだけの哀れな生贄だ。 「まだこんなくだらないことに加担するだけの力が残ってたとはね。数週間の停学処分じゃ足りないだろうに風紀め、一体何をやってるんだ」 風紀だけで全て回るわけではないことがわかっていても、つい毒を吐いてしまう。 苛立たしさを抑えきれぬまま仮面越しに、親衛隊員達を思いっきり睨みつけた。 こちらの表情がわからないはずなのに、彼らの顔色はさっと蒼褪める。それでも中心核の子だけは気丈にも俺を睨み返してきた。 「クロ丸仮面っ、なんの事情も知らない人間が勝手なことを言うな! 僕達がどんな思いで石清水様のお側にずっといたと思ってるんだ!? どこにも属さぬ中立の分際で偉そうなことをほざくな!!」 「中立の存在だからこそ言ってるんだ! いつから君たちは、親衛対象の人間に近づいたというだけで排除してまわる狂犬に成り下がった!? 親衛隊としての誇りは失ったのか!!」 親衛隊の誇りという言葉に、さしもの親衛隊員達も動揺する。その証拠に先程まで憎悪にまみれて濁りきっていた眼が、不自然に揺れ動いていた。 「ぼっ僕たちは……石清水様の側にいて、ずっと支えてきたんだ。なのに、あの転校生が来てから石清水様はおかしくなってしまわれた! それに加えて、親衛隊でもないくせにあの転校生は石清水様の側に当たり前のようにいる。挙句の果てには僕達親衛隊を否定してくる始末だ!!」 泣き叫びながら訴えてくる幹部の子に、他の隊員達も同意する。 「鷹野(たかの)先輩の言うとおりです! 隊長と副隊長は転校生の挑発に乗るなとおっしゃられましたが、僕達は我慢できなかった!!」 「だから転校生に注意したんだ、でも……」 「聞く耳を持たないどころか、親衛隊は悪だと言って一方的に断罪してきた。そうだろう?」 彼らの次にくる言葉を予想し口にしてみれば、全員が首を縦に振った。 「君たちの不満はわからないわけではないよ。 でもね、それがどうして宗像君を傷つける理由になるんだい? 彼が君たちに何かしたのか?」 違うだろうとそう問いかけた途端、幹部の子の視線が鋭いものに変わった。 「宗像も、森ノ宮と同罪だ! 彼は森ノ宮の誘いを断らなかった!! 断ろうと思えばいくらでもできたはずなのに……っ。 白山はあいつを庇ってたけど、僕達だって石清水様の側にいるところを何度も見せつけられたら!!」 「だから、彼も制裁対象に加えたということか」 「ああ、そうだよ! これでわかっただろう、クロ丸仮面。あいつは転校生を利用して生徒会の皆さまに近づこうとしているただの下種だと……」 やっとわかってくれたかと安心しきった彼らの思いを断ち切るように、俺はそのくだらない思い込みをばっさりと切り捨てた。 「下種なのは君たちの幼稚な思考だろう。 よく周りを見渡してみるといい。本当に宗像君が君たちの言うとおりの人間性ならば、人に対してシビアな白山君が庇うと思うかい? 庇う訳ないだろう。 それと宗像君の表情だけど、転校生や他の生徒会役員達と一緒にいるときの彼、笑ってるかい?」 心の奥底では気付いていたのか、全員が肩を揺らす。 少しでも憎悪に囚われた彼らに俺の言葉が届けばいい、その一心から言葉を続けた。 「君たちは宗像君が森ノ宮君の誘いを断ろうと思えば断れたはずだと言っているけど、本心からそれができたと思ってるの? あのさあ、この中で本当にそれができたはずだと思ってる子は手を上げてくれる?」 思わぬ問いに、親衛隊員は互いに眼を見合わせる。 その顔は一様に気まずそうだ。 そうやって互いに様子を見ても、誰も応えられる人間がいないことに気付いたようで、結局誰一人としてその手が上がることはなかった。 「君達が石清水を想うがゆえに暴走してしまったことには同情するよ。だけど、それで巻き込まれてる人を傷つけるのはただのエゴだよ。 今から僕は宗像君を保健室へ連れて行く。その間に親衛隊員として今後の身の振り方を決めるんだね。 あと君達の仕出かしたことを許したわけじゃないから、このことはすぐさま風紀に報告させてもらうよ」 死刑宣告にも等しい報告に、幹部の子以外の生徒達が悲鳴を上げる。 「おっお願いします! それだけはどうかっどうかご容赦を!!」 「ごめんなさいっ! もうしませんから、それだけはどうか許してください!!」 口々に哀願する彼らに憐れみを覚える反面、心の底で当然の報いだという冷えた感情が過ぎる。 基本的に俺は、親衛隊の活動や存在に対しては容認しているほうだ。彼らがどれだけ親衛対象の人気者達に想いを寄せ、大切に思っているのか知らないわけじゃない。 だが今回のことは話が別だ。いくらなんでも制裁に、暴力だけで飽きたらず強姦という手段にまで及ぼうとするとは。 晃の死以来、親衛隊による制裁に俺は過剰反応するようになってしまった。そういう個人的感情からも、除隊の危機ばかりを気にする親衛隊員達への怒りは収まりそうにない。 息も絶え絶えに訴えてくる彼らの希望を一刀両断に断ち切ろうと口を開く。 すうっと言葉を発する前の一呼吸の間、そのほんの僅かな時間を奪うように場違いなほど大きな怒鳴り声が割り込んできた。 . [*前へ][次へ#] [戻る] |