猫の守護神さま! そして生贄が決まった 【Side海里】 菊理が言った通り、やってきた転入生はあの理事長の甥であることが頷けるほどの問題児だった。 菊理と、まさかの会長の助けであのときは事なきを得たけれど。 正直に言ってあれには驚いたな。人との距離感を掴めない転入生や彼を支持する八王子にではなく、傍若無人な俺様で有名な会長が俺を庇ったことに。 あれから会長は携帯で呼び出されたため、途中で離脱してしまった。もう少し彼と話してみたい気がしたが、人気者である会長においそれと近づくことはできない。 本当に彼が噂通りの人間なのか確かめたいと思ったんだ、俺は。だからあまり教室に来ない会長とほんの少ししか一緒に授業を受けられなかったことを、何故か残念に思ってしまった。 だがこの後のことを思えば、あのとき会長がこの教室を離れたことは彼にとって正解だったと言える。 まさか誰が想像できるかい? あの転入生の巻き起こす騒動に、早々と俺が巻き込まれることになるなんて――。 その事件は昼休みに起こった。 北野先生がちらりと時計に眼を走らせるのと同じく、終礼のチャイムが鳴りだす。クラス委員長の号令と共に、ようやく短いようで長い昼休み前の授業が終わった。 すぐさま森ノ宮と関わらないようにするため、教室を離れようとする俺の耳に聞きたくなかった声が飛び込んできた。 「待てよ、宗像! 俺と要と一緒に昼食食べに行こうぜ!」 その遠慮のない態度に菊理が舌打ちする。 耳聡くそれを拾った森ノ宮は、分厚い眼鏡の奥でその眼をぎらりと光らせた。 「おいっ、今なんで舌打ちしたんだよ! 人に対していきなりそんな態度取るなんて」 「サイテ―だって、言いたいの?」 先に菊理から言葉を奪われ、森ノ宮がぎりっと奥歯を噛みしめる。 「那智!」 白馬の王子様よろしく八王子が駆け寄ってくる。 姫を悪党から守るように立ち塞がる彼に、森ノ宮が瞳を潤ませた。 対する菊理は日頃の可愛い顔が嘘のように、能面のように感情を削ぎ落した顔をしている。 「ここまで王道小説通りになるとはね。 本当に厄介だな……。会長は今んとこ堕ちてないみたいだけど」 彼らに聞こえないよう呟いた菊理の言葉には、明らかに苦々しさが混じっていた。 瞳を潤ませ健気な態度を見せる森ノ宮を優しく八王子が慰める。それと同時に、俺達に対して八王子が突き刺すような視線を向けた。 「寄ってたかって転入生にきつい態度取るなんて、堕ちたもんだな宗像、白山。 特に宗像、お前授業中の那智への態度はあんまりじゃないのか? 名前ぐらい無視しないで教えてやれよ。 別に減るもんじゃないだろ?」 「減るとかそういう問題じゃなくて。 初対面なのに、いきなりそんなことを言われてびっくりしただけだって」 「じゃあ今なら教えてやったって問題ないよな」 「ああ……まあ」 歯切れ悪く応えるも、側にいる菊理が絶対教えるなと強い眼で訴えかけてくる。だけどこのまま拒否し続ける方が、人として如何なものかと思うんだよな。 「俺は宗像海里だ。授業中はきちんと返事しないで悪かった。だけど、授業中はきちんと大人しくしてないと不味いぞ?」 なるだけ平素の態度で穏やかに接したつもりだ。 その証拠に、森ノ宮も先程までの泣きそうな顔が嘘のように嬉しそうな顔をしている。対照的に、八王子の機嫌が急降下したのは俺のせいではないと思いたい。 あれほど名前を教えるよう促した癖に、その態度はどうなんだか。この辺りで俺は早々と退散したかったのだが、その願いは虚しくも打ち砕かれた。 「那智、迎えに来ましたよ」 教室の戸が開く音と共に、優しげな美声が教室一杯に響き渡る。 錆びた機械のようにぎこちなく振り返れば、戸口に輝くオーラを放つ王子様が立っていました。 いや、王子じゃないなこんな奴。腹黒だ、ただの腹黒すぎる副会長なだけだ。だってこんな黒い微笑を浮かべている人が王子様なわけないじゃないか。 その腹黒副会長は森ノ宮が俺達と一緒にいるとわかるや、途端に冷気を漂わせた。俺と菊理だけじゃなく、これには八王子も敏感に反応する。 唯一、森ノ宮だけが副会長の変化に気付いていないが。ていうか、知り合いだったのか副会長と。 それにしては、副会長の森ノ宮を見る目がとても甘いような気がするのは俺の眼が悪いからか? そう現実逃避したくなるほど、副会長の石清水は傍から見てわかるぐらい森ノ宮に甘ったるい態度を取り続けている。クラスにいる副会長親衛隊の子達は、あの態度がなっていない森ノ宮君に甘い副会長の姿に卒倒しそうな顔で震えていた。 そんなクラスの不穏な空気を感じた菊理が、今のうちに逃げようと俺の袖を引っ張る。 ここで何事もなければ俺達は逃げられた。森ノ宮は今のところ副会長に夢中だし。 しかし、この空気に黙っていられなかったのが八王子だった。 . [*前へ][次へ#] [戻る] |