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夏風邪 後編 


 サラの目に映った光景は、見知らぬ男と狸、そしてその後ろで寝込んでいるコウだ。

 どうやらカルロは怒りに夢中になっていたため、姿を消すのを忘れていたらしい……。今更消すわけにもいかないので、甘んじて狸のふりをしていた。
 この状況をどう説明していいか判らず、リセイは言葉を濁す。

「君は……コウの友達か?」

「ええ、まだ起きてない様だから様子を見に来たのだけれど……」

 サラは明らかに警戒していた。警備服を身にまとった青年がこんな所に居るはずがない……。しかもコウの肩を馴れ馴れしく抱いている。

 沸々と怒りが込み上げてきたが、それより今だ目覚めないコウに対しての苛立ちが先立った。

 サラはずかずかと部屋に入り、リセイをはね退け、すぅっと息を吸った。

「コウ――! いつまで寝てるの!? 起きなさいっ!」

 まるで母親だ。そう思ったのはリセイだけではないだろう……。
 突然叫び声を聞かされたコウは、「ふぇ!?」と驚きの声をあげて目をぱちぱちさせる。寝呆けた様に目をこすり、きょろきょろと辺りを見回すと、怒ったサラとその隣に度肝を抜かれた様な顔をしたフレアンがいた。

「サラ……フレアンさん……何でここに?」

「何でじゃないわよ、顔真っ赤にして……あら……結構熱が高いわね」

「薬なら……ここに」

 リセイは躊躇いがちに薬を差し出した。それを見たサラは眉がぐっと吊り上がった。

「あるなら早く飲ませなさいよ!」

 そう怒鳴ると、リセイから薬を奪い取り、今度はコウの方に向き直った。

「ほら、お水飲みなさい。…ぐっ! と一気に飲むのよ!」

 言われた通りに頑張るコウ。飲み込み、ふうっと溜め息を吐く。

「はい、薬も飲んで」

 テキパキと進めていくサラ。それをただ見ているリセイと精霊達。コウはうぅ…と唸りながらも薬を飲み込む。

「苦……」

「苦くて結構、さ、横になって安静にしてなさい」

 サラは以前施設で手伝いをしていたことがあった為、看病には慣れていた。コウを寝かすと、立ち上がり何が食べるものを持ってくると言って部屋を後にした。

 残されたリセイは、目の前に繰り広げられた事を整理し、そして自分に出来ることはもはや無いだろうと思い、静かに立ち上がる。

「まって……」

 消えそうな声で呼びとめられた。リセイが振り返ると、熱のせいか潤んだ瞳で見つめるコウがいた。

 一瞬胸の中で鼓動が跳ね上がったが、表情を崩すこと無くコウに近寄る。

「ん……どうした?」

「行かないで……」

「……え……?」

「ここにいて……」

 コウの必死な様子に断ることなど出来ず、また傍らの椅子に座る。それを見て安心しきったように、コウは静かに眠った。

「……本当に、不思議だ……」

 リセイが呟く。精霊達はその言葉に疑問をもったが、しばらく黙っていた。

「君を守るのは私でありたいなどと……思い上がりもいい所だな」

 そして精霊の方を向く。

「沢山の精霊の庇護を受ける君に、私の守護は必要ないだろう」

 少し寂しげに聞こえた。いつもなら嫌みの一つでも言うカルロだが、今日のリセイは切なげで、そんな気にはなれなかった。

「私は、君に何をしてあげれるのだろうか」

 リセイはコウの手を握り、自分の額に当てる。その姿は何かを祈るようにも見えた。



 しばらくして、サラが帰ってきた。そのとき彼女が見たものは……穏やかに眠るコウと、その傍らで手を握り頭を伏せて眠るリセイ。

「まったく……何なのかしら」

 リセイの事を全く知らないサラだったが、今では先程の警戒心もさほど無かった。コウの安心しきった寝顔に戦意喪失し、粥を置くと静かに部屋を出た。

 夜になってようやく回復したコウは、フレアンにお礼とお詫びを息つぐ間も無く言い続けたという……


 その後……


「うわ――カルロ! フレアンさんに寝顔見られちゃった! 髪もボサボサだし……恥ずかしい――!!」

「いいじゃないですか、向こうも気にしてないと言ってましたし」

「いくないよ!」


 しばらくコウはカルロに八つ当たりしていたらしい。

『……全くいい迷惑ですよ』

『カルディアロス、悔しいんだろ? あの若僧にコウ嬢の唇を――』

『それ以上言うと今日の晩餐はから揚げになりますよ』

『――――!?』



 夏風邪 [完]




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あきゅろす。
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