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夏風邪 前編 


 ティレ二ア軍事機関、それは世界で最高峰の軍事力を誇る機関である。そこには軍人として日々技を磨く少年少女が集まっていた。

 コウもまた、この機関で軍人修行と同時に精霊の王としても頑張っていた。

 そんな中での、不幸な出来事。

 毎日あんなに元気だったコウが、高熱を出して寝込んでしまったという……――

 比較的気候の穏やかなティレニアだが、1ヶ月ほどの短い夏がある。それ以外の月は春の様に暖かな日が続くが、この夏の月だけは人々にとって大変暮らしにくいものだった。

 記憶にはないものの、コウは夏に対してある程度慣れているようで、周りの人間ほど嫌な事だとは感じていなかった。

 中庭の木々からはセミと思われる虫の鳴き声がしきりに聞こえる。それは夜もやまない勢いだ。

 こんな風に寝苦しい夜が続くと、いくら元気なコウでも体力が極端に落ちてしまうもので……

 ――とうとう熱を出してしまった。

 この日も大変な暑さが大気を巡る。なまぬるい風が野山を渡り、軍事機関の一室に届いた。そこには心配そうに見つめる2人の精霊がいた。

 その目線の先にいるのは、顔を真っ赤に染めて息を切らして苦しそうに寝台に横たわる少女だった。

 緑色の狸が言った。

『コウ……大丈夫ですか……?』

「あはは……寝てれば治るよ、心配しないで」

 大丈夫、と言い張るコウだが、精霊達からしてみれば決して大丈夫には見えなかった。

 傍で見守る精霊―カルディアロスは、友のフェザールーンと共に看病をしていた。看病といっても、実際は何もしてやれず、やきもきしているだけだったが……。

 カルロは苦しそうなコウの額に手を当てようとして、途端に離した。

 ―今のコウに触れる事は、自殺行為に等しい―

 何故なら、高熱によりコウの精神そのものが不安定化しているからだ。そんな時に精霊が触れようものなら、精霊の精神全てを奪いかねない。また、カルロくらい強い精霊の場合、逆にコウの生命力を奪ってしまう可能性もあるのだ。

 傷は治せても病は治せず……

 つまり、古の神だろうとこればかりはどうしようも無いのであった。



 突然カルロが突然立ち上がった。ルーンはそれを目で追う。カルロは窓際へ一飛びし、そよ風を受けながら不服そうに呟いた。

『不本意だが、あいつに頼るしかなさそうですね……』

 そう言って、どこかへ飛んでいってしまった。残されたルーンは、ただじっとコウを見守っていた。


 一刻ほどして、部屋の扉が開いた。ルーンはその方向に目をやる。そこには先程出ていったカルロと、黒髪の青年―フレアン―がいた。フレアンは寝込むコウを見て血相を変えて走り寄る。

『どうやら風邪を引いた様なんですが……我々は力になれないので』

「我々……? 他にもいるのか」

『ああ……そこにいるでしょう? 黄色の鳥が』

 そう言われ、フレアンは目を細めて壁際に集中する。するとうっすら小鳥の影が見えた。

「随分弱々しいが……」

『今はな、頼みのコウがこの状態だから』

「なるほど」

 納得したフレアンはもう一度コウを見やる。苦しそうに唸る様子を見て、額に手を当て体温を確かめる。

「かなりの高熱だな……薬を飲ませなくては」

 そう言って、用意していた風邪薬を取り出した。コップに水を注ぎ、傍にある棚の上に置く。薬を取り出し、コウの体を起こして飲むように勧めてみた。だがコウは意識が朦朧としていたためか、フレアンの言葉が理解できず、ただうなだれたままだった。

 それを見て、相当辛いんだろうと思いながらも、これは一刻も早く薬を飲ませなければならないと考え、フレアンはコウの口に水を含ませた。――が、飲み込む前に口の端から水がこぼれ落ちてしまう。

 しばらく熟考した後、フレアンはある行為にたどり着く。

『何をするつもりだ……! リセイ!』

 思わず感情的になり、本名で呼んでしまったカルロ。その声に驚いたリセイだが、気にせず水を口に含もうとした。

 だが、周りで煩くされると気が散るので、仕方なく理由を説明する。

「コウに薬を飲ませるだけだ」

『それが何故貴方が水を飲まなきゃならないんです!?』

「飲まないと飲ませられない」

『なっ!? まさか……』

 二匹の精霊は事の重大さに気付き、慌ててリセイを止めに入った。それを鬱陶しそうに払い除け、水を口に含んでコウの顔を引き寄せた。

「……ん……」

 重なる唇に熱がともる。口内を少し探られたため、小さく声をあげるコウ。その様子を唖然と見つめるカルロとルーン。
 リセイはコウが水を飲み込んだ事を確認すると、次は薬を飲ませようと用意しだした。さすがの二匹も意識を取り戻し、勢い余ってリセイの腕を掴んだ。

「何をやってる……早く離せ」

『……どさくさに紛れて……絶対させん!』

『この変態!』

「な! へん……いい加減にしろ! コウに早く薬を飲ませないと何時までも辛いままなんだぞ!?」

 さすがのリセイも叱咤する。それでも精霊達は引き下がらない。そんなふうに部屋中が荒れているにもかかわらず、コウが起きることはなかった。

 リセイも精霊も言い争いになり、それは激しさを増した。

「何やってるの?」

 突然第三者の声がしたため、驚きドアの方へ振り向く。そこにはコウの様子を見に来たサラが居た。



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