君を思い出す(1章後)
=== フィナの町 ===
「母さん、それ、捨てるの?」
少年は悲しげにそう言った。
枯れた花を手に、母親は答える。
「ええ、もう枯れてしまったから……仕方ないのよ」
「……でも」
少年はやはり残念そうに、塵箱に捨てられる花を眺める。
「でもそれは……カイルと一緒に採った花なのに」
母親はきゅっと唇をかみ締め、既に元の白さを失ったリラの花を見やる。
満開時には艶やかに開くその花びらも、彼女の目には人を惑わす妖艶な魔花に映った。
「……そうだ! 家の庭に種を植えようよ! そうすれば森に行かなくても採れ──」
「──だめよ!」
花を取ろうとした少年の手を払い、母親は恐ろしい形相で枯花を握りつぶした。
茎や葉に水分は無く、くしゃりと乾いた音を立て、思い出の花は母親の手からこぼれ落ちる。
「か……母さん……?」
今まで見た事も無い程の、母の動揺の仕方に驚く少年。
少し怯えた目を向ける彼に気付き、母親はいつもの笑顔を造る。
「こ……この花はね、森の様に湿った所じゃないと育たないのよ。だからこれは、もう捨てましょう」
「う……うん」
床に散らばった種を拾い、母親は再び塵箱に捨てる。
その様子を黙って見詰めながら、少年の胸は切なく締め付けられていた。
「リラの花はすごく綺麗だ。母さんが好きなのも分かるよ」
「そうね……恐いくらいに……」
──綺麗。
「来年も取ってくるからね、母さん」
「ねえルイ、もう……この話はやめましょう? あの人を思い出して……辛いわ」
「母さん……ごめん……」
母親は溢れる涙を堪え、すっと顔を反らす。
愛する夫を亡くした彼女は、今もまだその哀しみから抜け出せないでいた。
用事をしに表に出た母親を見届け、ルイはそっと窓の外に目を向ける。
空はあの時と同じで、青く澄んでいた。
「また……会えるかな、カイル」
真っ白な綿雲が笑った様な気がして、少年にも笑みがこぼれた。
[完]
(C)LICHT 2008-2-17
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