彼女達の秘め事(過去編)
令嬢サラ=レイドルート。子供の頃の彼女は、汚れを知らない純粋な少女──だった?
===レイドルートの屋敷===
「サラ様、勉強会のお時間です」
と、カナリア。
「わかったわ」
ソファに身を沈めて本を読んでいたサラは、パタンと閉じて立ち上がる。
「今日は何の教科だったかしら」
「魔法書読解ですが……」
カナリアはちらりとサラの持つ本を見る。
「どうかした?」
「……いえ」
カナリアは扉へと視線を戻し、数名の女中を呼び寄せる。彼女達は素早くサラの周囲に集まり、髪型から下着まで丁寧にお世話をした。
「カナリア、行きましょう」
群がる女中に躊躇いさえ感じられない毅然とした声で、再び女官長カナリアを呼んだ。
「どうかしら」
「結構です、サラ様。馬車の用意も出来ております」
身支度を済ませ、二人は貴族専用の馬車に乗り、教師の元へと向かった。
サラは幼い頃、一般の学校には通っていなかった。それは彼女が非常に頭が良いからで、それを理由に下らない仲間外れや幼稚ないじめも過去にあり、案じた兄がサラ専用の教師を選んでいた。
「今日の人はまともだといいわね」
馬車の中で、意味深に言葉をもらすサラ。カナリアは黙って頷き、それから先は二人とも沈黙していた。
「お待ちしておりました、サラお嬢様。先生がお待ちです。どうぞお入りくださいませ」
流石は貴族の屋敷。使用人の対応も良く、サラは少しだけ期待を膨らます。
奥へと連れられ、大きな部屋に案内された二人は、中に居た端正な顔をした穏やかそうな男性を見て、互いに顔を見合った。二人とも安堵した様な笑顔だ。
「初めまして、ですね、サラお嬢様。さあこちらへお座りなさい」
「はい、宜しくお願いします」
サラはきちんとお辞儀をし、大机を前に座る。
「サラ様は初級魔法に関する事項は全て履修済みでございます。中級以上の書物をお使い下さいませ」
カナリアはそう告げると、柔らかく腰を曲げ、礼を尽くす。体を起こす時に揺れた豊満な胸に、先生は釘付けだった。
彼の厭らしい視線に気付き、カナリアは過去の出来事を思い浮かべる。
「…私はこれで失礼させていただきます」
颯爽と立ち去ろうとするカナリアに、先生はそれ以上どうする事もなかったが──。
「先生? 今日は何をするの?」
「あ、ああ、サラお嬢様はこの古文書を読んでいて下さい。分からない事があったら何でも聞いてくださいね」
そう言いながら、先生は速やかに部屋を出た。静かに閉まる扉に目を向け、サラは「またか」と溜息を吐く。
一方、先に廊下に控えていたカナリアの元へ、先生が怪しい笑みを浮かべて歩み寄る。
「先生、サラ様の授業は……」
「一先ず本を読んで知識を増やしてもらおうと思ってね。……それより、カナリアさん」
「私の事はケイストと呼び捨てください」
「それは家名だろう? 折角出会えたのだから、親しみを──」
「必要ございません」
バッサリ切り捨てるカナリアに、余計に興味を示す先生。冷たい態度をとる彼女の素顔を想像して、彼は勝手に悶えていた。
「そんな事、言わないで」
先生は甘い声で囁き、カナリアを誘惑しようと腰に手を回す。
教師と生徒ではなく、その連れと危険な関係を結びたがる、火遊び好きが西の貴族には多くいた。
今まで何度も教師を変えていたのは、つまりこれが原因。
「ご冗談を」
「ふふ、いいね……その冷めた瞳が潤む姿、見てみたい」
すっかりその気な先生は、近くの個室に入り、カナリアを壁に押しやり身動き取れなくした。
「本当に綺麗で魅惑的な顔をしている……女中にしておくのは勿体ない」
そう言いながら、彼は手を厭らしくさせ、双方の巨房を触る。
「お止めください」
「冷静だね。もしかしてこうなる事を望んでいた、とか」
顔が近づき、唇が触れ合う寸前。
「ふざけんな勘違い野郎」
カナリアは容赦無くそう吐き捨てた。
言われた彼は、一瞬何が起こったか分からなかったが、般若と化したカナリアの顔に恐怖する。
「まっ……わ、悪かった! 二度とこんな事はしないか──」
「問答無用」
地べたを這いずり必死に許しを乞う先生に、カナリアは大きく足を上げ、
「あ、黒だ」
「──死ね!」
という雑言と共に綺麗な足を振り降ろし、下着に釘付けな先生の肩に踵落としを食らわせた。
──ぎゃぁぁああぁぁあ!
屋敷内に響いた悲鳴は、離れた所にいたサラの耳にも届いた。
++++++++++
扉の開く音がして、サラは振り返る。そこにはいつも通り物静かなカナリアが立っていた。
「サラ様、帰りましょう」
「やっぱり……」
サラは事実を確認し、更に深く息を吐く。勿論何をされたとか、詳しいことは一切話していない。だが何となく雰囲気で、サラは先生の阿呆さを感じていた。
「申し訳ありません、毎度毎度……」
「いいのよ、ここにある本は大体読み終えたわ。もう用は無いから」
「左様で御座いますか」
安堵したカナリアは、サラを連れて屋敷を出た。
帰りの馬車の中でサラがぽつりと呟く。
「お兄様、何を考えているのかしら」
教師を選んでいるのは兄のヘルトで、先生が優秀かそうでないかなど調べれば直ぐに分かる筈だ。
「これでもう、あの男性がレイドルート家に逆らう事はないでしょうね」
先生は愛妻家で知られていて、女中との禁断の恋、とか言う興味深い関係はおいしいが、それを妻に知られてはお仕舞いである。
「お兄様は酷いわ。カナリアを利用するなんて」
「それも勤めにございます」
「ふぅん……」
サラは視線を窓の外に向けて、頬杖をつく。
彼女達の秘め事
暫く馬車に揺られていたが、サラは思い出したかの様に言葉を放った。
「今回は何技?」
「踵落としです」
「使えそうね」
「はい。力が無くとも効果は十分でした」
ひとつ間を置き、いつもの会話で締めくくる。
「帰ったら稽古つけてくれる?」
「勿論です。ヘルト様には内緒で」
二人は人差し指を唇に当てて、悪戯に笑った。
[完]
(C)LICHT 2008/2/23
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