心配なんだって(9章)
42話「守り神の縁」と同時期のお話です。
思ったより怪我の治りは早かった。
それよりも心に受けた傷の方がしぶとかった。
東国に故郷を焼かれたあの日から、一体どれだけの月日が経ったと思ってる。馬鹿だな俺は。ほんと、いつまでたっても変わらない。
「ん!」
カップに注がれた珈琲が溢れる寸前であることに気付き、すぐに手を止めたが2秒遅かった。
湯気立つ珈琲は表面張力によってなんとかカップに収まっている。
しまった。これはうまく飲まなければいけない。少しでも傾けばアウトだ。カップを持ち上げるのは危険すぎる。
仕方なくテーブルの高さに合わせて腰を曲げ、カップに口を近づける。
唇が縁に付く寸前、部屋の扉を叩く音がして、驚き体を動かしてしまった。
「あっつ!」
扉を開けたのはマリアだった。
「……アーク何してるの?」
「何でもない」
平静を装うアークの唇は赤く腫れていた。少しひりひりするが気にせず、マリアの手元にある籠に目をやった。
「花?」
「ええ、昨日庭で見つけて、あんまり綺麗だから籠に詰めてみたの。はい、アークにもお裾分け」
マリアは籠いっぱいに敷き詰められた花の匂いを堪能し、それを近くのテーブルに置いた。それだけのことで、この質素な部屋が明るくなった気がした。
「珈琲いる?」
「ありがとう、いただくわ」
自分のお気に入りの珈琲豆を取り出し、容器に入れ、豆を挽く。
その途中で、何の躊躇いもなく扉がこじ開けられた。
「よお! 邪魔するぜ!」
手を休めず目だけを向けた。意気揚々と入ってきたのはレッドだった。
レッドは大股で近寄ってきて、胸元からカラフルな雑誌を取り出した。
美人シスター写真集という名の卑猥なブツを。
「レッド! あなたって最低ね!」
「うっせえ! 男には必要な時があんだよ。な、アーク。これは俺のイチオシだ!」
「いや……別に」
「いいから遠慮せず受け取れ!」
本気でいらないと思ったが、レッドが強引に押し付けてくるものだからとりあえず受け取っておく。
ただ、それをマリアの目の前に晒し続けるのは気が引けたので、引き出しにそっと仕舞った。
「おや、先客がいたのですか」
次に部屋に入ってきたのはグレイだった。彼は静かに歩み寄り、高級そうな紙に包まれた小箱を差し出した。
「先日手に入れた西国の輸入品です。よろしかったらどうぞ」
「まあ、チョコレートね!」
「マリアもどうぞ」
「やったあ! いただきまーす」
マリアは包みを開けてチョコレートを1つ手に取り、ぱくんと口に放り込んだ。とろける甘さに顔がほんのり赤くなる様子は、ほんと昔と変わらないな。
「それから、クリスからサンドバックを預かっています」
ずるりと出された長細い物体は黒々として、固く、所々傷があって、かなり使い古されている。
「……」
これをどうしろと?
それに、なんか変だ。
普段はこんなに集まることなんてない。
物をくれるのも珍しい。しかも何の脈絡もなく。
「みんな、どうかしたのか?」
「「「ううん。なんでも」」」
気味悪いくらい声が揃っていたが、とりあえず珈琲をあと3人分注ぐことにした。
心配なんだって
甘いチョコレートを食べながら、久しぶりにゆっくり話でもしようかな。
「うわっお前の分なみなみ入ってんじゃねえか。あれか、お前にとって珈琲は水か」
「レッドはお酒が水なんでしょ」
「むしろ血の代わりに酒が流れていそうですね」
「……」
[終]
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