22話 海の住人06 この子は恐くなんかない。 本当は穏やかな生き物なんだ。それを人間が勝手に勘違いしているだけで…悪いのはこの子じゃない。 コウは静かに息をして、呼吸を合わせ、もう一度海獣を見る。 海獣は何をしようともしない。喰おうとも、殺そうともしない。 何の為にここへ引きずり込んだのかは解らないけど、恐いものじゃない。 ―私は君の敵じゃない― そう心の中で語りかけてみた。この海獣が普通の生き物なら反応はないだろう。 だが、もし精霊の類なら、私の言うことを感じてくれるはず。 そっと手を差し出すと、海獣は口を閉じ、ゆっくりと頬を手に乗せてきた。 ごつごつとした皮膚だったが、意外に暖かい。彼の鼓動が直接伝わってきて、少し安心した。 そのまま皮膚を撫でると、彼の目が更に穏やかになった気がした。 そして、声ではなく音で語りかけてくる。 この感覚は前にも体験した。 カルロと初めて会ったとき。その時も、カルロは静かに音で語りかけてくれたのだ。 『私を恐れないのですか……?』 その問いに、少し笑って答える。「恐くないよ」と。そうすると、海獣の優しい目に薄っすらと水色の線が走った。 それは止むこともなく、海の中へと注がれ、泡とともに消えゆく。 『私は海の精、あなたにお会いしたかった……精霊の王よ』 「私も、君に会えてよかった。優しいね、君は……」 声が出た事にも驚くコウ。息が出来るのだから当たり前か、とも思ったが……そもそもこの不思議な膜はなんだろう。この子の力なのだろうか。 コウはそんな不可解なことを気にしつつも、海獣の背を撫でる。 「(……!? これは……)」 撫でた部分が異様に硬かった。顔とは全く違って、異常に傷が多かったのだ。 それは自然に付いたものでなく、明らかに人がつけたもの。 よく見ると、彼の背中には弓矢が何本か刺さっていた。だが、もう抜ける事はない。 それは長い長い時間を経て、彼の体の一部と化していた。 海獣は大きく、見た目も恐ろしい。 人は彼を破壊するものと決めつけ、存在を知れば直ぐに剣を放り投げ、弓を射る……。 こうまで酷い仕打ちを受けても、変わらず海を護り続ける、この海獣こそが、海の支配者であるとさえ思えた。 ←前へ|次へ→ [戻る] |